NORMAL ABNORMAL 1章 1
かつてこの世界は65億の人間が存在した。そして、人間は「種族」として大きく二つに分けられていた。
「ノーマル」
いわゆる普通の人間だ。色が白かったり、黒かったり、瞳が違ったりしたが、彼らの体質に大きな違いはない。
「ノーマル」は世界人口の約80%を占めていた。そして、残りの20%は「ノーマル」ではない、「アブノーマル」と呼ばれる人間だった。
「アブノーマル」
その名の通り、ノーマルとは姿形はよく似ていたが、異質な存在。ノーマルの体ではできないことを彼らにはできた。そして、その特殊さによって、彼らは「族」として分けられた。
水中でも息ができる「魚族」
生き物の生気を吸う「吸血族」
それぞれの獣の力を宿す「獣族」
背中に翼を持つ「鳥族」
・・・・・・他にも多く族があった。
「ノーマル」達は彼らについて色々考えた。「ノーマル」とは別に進化した人間。異質な物から生まれた人間。様々な推測はあったが、まだ、なぜ「アブノーマル」が誕生したかわかっていない。
わかっているのは、「特殊」な体を持つその「アブノーマル」達が、「ノーマル」から迫害を受けたことだ。
オレが話すのは、そんな世界のお話さ。
「アブノーマル」竜族、赤い目と体の変形能力、そして、「ノーマル」の数倍の長寿を持つオレが、「ノーマル」で生きた不思議な奴と、ノーマルかさえわからん1人の少女と共に、この世界を小さく動かした話さ。
「あのさぁ、リク、休憩しよう?」
そいつは苦笑を浮かべ、オレに話しかける。
栗色の髪は短く、丁寧に整えられ、色の白い顔だ。青い瞳は大きいが、バランスがいい。女の子めいてはいるが、美少年の部類だ。だが、そいつの銀色の鎧はいかにも重そうで、腰に携えた剣も決して軽くはない。色白で細いくせに怪力。
「なんだよ、ヒカリ。体力ないな」
「リクがありすぎるだけなんだよ。っていうか、オレはいいとしてもさ・・・・・・ラグちゃん。君、あの子のこと気にしてないでしょ?」
「・・・・・・。あいにく、ガキのこと考えるのは苦手でな」
んなこと言うあたりひどいよね、とヒカリは笑う。その遙か後ろで、1人の少女が倒れていた。
美少年「ノーマル」ヒカリ。オレと共に旅をして5年目。17歳になる。双子の兄を探している。基本的に明るくて、うるさい奴だ。過去に色々あって、そのせいか笑みは絶やさないのに冷酷で残忍になる時がある。
どうすんのよ、この子、とヒカリは苦笑いしながらその少女を揺する。
「・・・・・・お・・・・・・ず・・・・・・」
「・・・・・・?」
「お水・・・・・・ください・・・・・・」
「・・・・・・」
声は確かにかすれている。そんなに速く歩いたつもりはなかったんだが、疲れている様子だ。
オレはウエストポーチから水筒を取り出し、その少女に渡す。
「仕方がない、少し休憩しよう」
オレの一言に、ヒカリがホッとしたように笑った。
ノーマルかアブノーマルかさえわからない少女。彼女は記憶を無くし、田舎の村で暮らしていた。厄介者扱いに嫌になったのかどうかわからないが、たまたまそこに寄ったオレらに付いてきた。黒髪をツインテールにし、紫色の瞳は眠そうな雰囲気が伝わってくる。ずいぶん小柄で、おそらく10歳前後だ。とりあえずつけた名前は、「ラグ」。
ヒカリが、
『眠り草の名でよくないか?』
と言って決めた。オレらの世界でのラグ・エメールという草は、眠りと言っても永眠させちまう方だがな。
「リク、オレ、腹減った」
「そこらの草食ってろ」
「オレは草食動物か、ってーの」
やべえ、うぜえ。ヘラヘラと笑うヒカリは本当に腹減っているのか聞きたくなる。
「ねえ、ラグちゃん、この人ひどいねえ?」
「えっ?えっと・・・・・・あの・・・・・・」
「何気なくガキを巻き込むなヒカリ」
困った顔するガキもイラッとするがな。
「んー、だってさあ、リクったら最近、メシ、いいの作ってくれないじゃん。だったらマズいのたくさん食べなきゃ損」
「・・・・・・てめえが仕事もらってこねえからだろ。悪かったなメシのクオリティ下がって」
もっとも、誰かさんが仕事をすればそれなりにクオリティ上がるがな。
えーっ、とニヘラニヘラとやっぱりうっとうしい笑いをうかべるヒカリ。
「それよりもさ、ほら、次ってどこ?」
「・・・・・・地名くらい覚えておけ。次はマラー。ちょっと古い街だな」
「へいへい。んじゃ、そこでは仕事、もらってくるよ☆」
「ヒカリさん・・・・・・仕事・・・・・・するんですか・・・・・・?」
「・・・・・・ああ、たまにな」
オレはこんなヒカリにあきれ、ため息をついた。
オレは・・・・・・「アブノーマル」リクベルト=アウル。通称「リク」。
竜族で、ヒカリに憎まれるべき存在だ。
随分とにぎわっている。古い街だと聞いたからもっと寂れた感があるとは思っていたが・・・・・・。隣でバカがオレに、コレ買わないか? っと言っている。誰かさんが働かないせいで金がないって言っているそばからこれだ。
「買わねえよ、ヒカリ。宿代なくなるだろうが」
「えー、野宿でいいからさあ~」
買わねえって言ってんだろ、と言うと、ヒカリはぶぅ、ぶうたれる。その側では困った顔の少女がオレらを見ていた。
オレは赤い目をごまかすためにゴーグルを常につけ、髪を後ろで縛っている。格好的には、黒のノースリーブとズボン、ウエストポーチとラフである。
オレもラグもこれと言った旅の目的はない。仕方がないのでヒカリに付き合って旅をしているだけだ。ヒカリは兄を探している。兄についてはあまり多くは語ったりはしないが、それなりに仲がよかったらしい。
・・・・・・ま、オレには関係がない話だろうがな。オレは宿で寝そべるヒカリを見てため息をついた。
「ヒカリ、仕事探すぞ」
「えー・・・・・・。リク、オレ今日疲れたし~」
「働け、ダメニート」
「ニートってwwwなんか意味違っているしwww」
「・・・・・・ぶち殺すぞ?」
「・・・・・・」
ヘラヘラ笑っていたヒカリが一瞬にして黙る。オレが半ば本気でヒカリに銃を向けたせいだ。ヒカリはわしゃわしゃと頭を掻き、ハァー、とため息をつく。
「リクっていつもそうやってオレ脅すよね~」
「脅さなきゃやんねえからだろ」
あぁ、暴力男、とヒカリは言いながら起きあがった。
「わかったよ。前みたいにガチで耳かするのは勘弁だし」
「・・・・・・わかったようでよろしい」
舌打ちしながら剣を手にするヒカリ。オレは銃をヒカリの額からはずした。こうでもしないと本当にヒカリは動こうとしないからな。仕方がないことだろう。
ヒカリは自分の荷物をあさり、小さな袋をだす。
「ん、ラグちゃん。夕飯代ね」
「・・・・・・? ヒカリさんとリクさんはどうするんですか?」
「この暴力男のせいで、これから仕事~」
ヒカリのしゃべり方のうざさは昔からだが、未だに慣れない。とりあえず、オレよりも10cmほど小さいヒカリにオレは拳骨を落とした。
「リクー、こんなもんでよくない?」
ヒカリは剣についた体液を払いながらオレにむかって叫ぶ。あたりは大分暗くなってきている。「ノーマル」であればもうよくは見えないであろう。オレはそれをわかっていて、ヒカリに言う。
「・・・・・・まだまだ。てめえがもう少しメシのクオリティ上げてえならもう少し戦え」
「え~・・・・・・」
めんどくせえ、とヒカリは言う。美少年面にはさっきの戦闘のせいで肉片や体液がとび散っている。それを物ともせず、ケロッとしているヒカリはずいぶんと肝が座っている。
「リクはいいけどさぁ、暗くても見えてるけど」
そうぶつぶつ言うヒカリの後ろで何かが見える。ブンッと何かが勢いよく振られた。ヒカリはとっさにしゃがみ、その何かから間合いを取る。大きな斧、牛の頭をした生物だ。
「・・・・・・ほら、厄介なの来ちゃったよ」
本当、やんなっちゃう。そう言いながらもヒカリは剣を構えた。その顔に、真剣さなど欠けたヘラリとした笑みがあった。相手はたしかに厄介な奴だが・・・・・・まあ、オレが手を貸すほどではない。本当にやばけりゃヒカリだって笑えない。
斧を尋常じゃない速さで奴は振る。「ノーマル」のヒカリが本当にただの「ノーマル」なら、よけるのは不可能だ。ヘラリとした笑みで、ひょいひょいとかわしていく。目はもうとっくに見えていないのに。
ヒカリは空気の流れを察することに長けていた。相手が動けばそれだけ空気が動く。それを敏感に察し、一瞬で相手の動きを読む。さらに音なども敏感に感じることで、目が見えている以上のことをヒカリはやってのけるのだ。
「本当、やっぱ目が見えないとやりづらいわあ~」
ヘラヘラしながらヒカリは倒した相手から剣を引き抜いた。
「〔ノーマル〕に夜に戦えとか鬼ですか、リク」
「・・・・・・オレよりも倒しているくせによく言うな」
どっちかと言うとヒカリの方が鬼だろう。
「3万ベルって・・・・・・案外少ねえな」
「良質なのは採れなかったからねえ」
たしかにな。オレは舌打ちしながらも納得はした。奴らというのは、ここらにいる魔物だ。別に全てが全て害があるわけじゃねえが、「ノーマル」にとっては厄介、かつ、危険な物とみなされている。
オレらは、その魔物らを倒すことで得られる「石」や持ち物を奪って金にしているわけだ。なあに、奴らもどうせどっかの誰かを襲って奪ったんだ。文句は言えまい。「仕事」というのは、それをいい値で買ってくれる人を探すことだ。しぶってきたらおしまい。いい値で買ってくれる太っ腹な奴を見つける。こっちの方が手間取る。ちなみに、夜の方が同業者が少ないため、夜に行うことが多い。
ヒカリはリク、とオレを呼ぶ。店の前でヒカリは目を輝かせていた。
「これ、買おうよ、ね?」
「・・・・・・」
はあ、とオレはため息をつく。そんなキラキラした目でオレを見るな。
翌日、ヒカリはオレを蹴飛ばして起こす。随分と乱暴に起こすものだ・・・・・・。ヒカリに蹴られた痛みに耐えながら、オレは起きあがった。
「リク」
「・・・・・・んだよ」
「おもしろいこと、見つけた」
ヒカリはイタズラっぽく笑い、ラグはまた困った顔をしていた。