憩 4 ~ミズキ~
リクベルトさんっていうの。
昼休み、いつも職場の休憩室。レイナはそんな爆弾発言をかました。
女のあたしから見てもレイナはすごく可愛い。黒い髪が綺麗だし、小柄だし、心底優しいお人好しさんだから、職場の独身男性の中では憧れの的であり、彼女と近づこうと必死になる。レイナはいい子だ。
だからこそ、
「……えええええええ!?」
全く知らない人の名前口にして赤くなるレイナにその場にいた全員、固まった。
「レイナ、どういうこと!?」
「どういうことって……どういうこと?」
「あんた、そんな赤くなるくらい好きな人ができた、って……いつからなのよ?」
「三か月前くらい?」
地味に昔!こんなに可愛いのに恋の一つすらしたことがない彼女が、男を作ったって!大事件だよ、そりゃ!
レイナは首を傾げ、そんなに驚くこと?とまっすぐ見つめてくる。
ええ、そうですとも。驚くことですとも。あんたはそうでも、あんたと幼馴染のあたしでさえびっくりしたわよ。独身男性陣の顔を見せてあげたい。あのなんとも言えない切ない顔!
あたしはため息を一つつき、まず、一言、おめでとう、と言った。レイナは、驚いて焦ったあたしを不思議そうに見つめていたが、その言葉に笑顔でありがとう、とお礼を言う。本当、可愛い顔してる。
誰も入ってこない店の個室。二人で時々飲みに来た酒場だ。昔はもっとオッサンとか多かったらしいが、ある時を境に店の感じを変えたという。それでいい。今はあたしやレイナみたいな若い女でも入れる、いい店だ。
そこであたしはお酒とつまみを食べつつ、で、と話を切り出す。ちなみにレイナは酒豪だ。
「ぶっちゃけ相手名前と年齢と、人種、職業は?」
「えーっと、リクベルト=アウルさん、39歳」
この時点でぶほっとなった。ちょっと待て、あんたより15歳年上だぞ!?オッサン趣味なのか、この子!?
「……続けて」
「アブノーマル竜族」
「ふーん……すごく珍しいね?」
あたしはアブノーマルって言うの、あんま見たことないしね。
「えっと……職業……職業……」
「……まさかと思うけど、無職?」
レイナは違うの、と言いつつもちょっと言っていいのか迷っている。いいから言えばいい。むしろそこまで来たら何が来ても驚かない自信がある。
「大丈夫、誰にも言わないし」
「……本当に?」
「本当本当」
「びっくりしない?」
「……年齢の差の方がびっくりしたんだけど?」
「それよりちょっとびっくりするかも」
マジかよ。爆弾多すぎないか、その人物?
じゃあ、とレイナはどもりつつも言う。
「……あのね」
「うん」
「リクベルトさん、今は主夫で、稼ぎは賞金稼ぎなんだって」
「無職とどう違うの?」
「うん、それはつっこまないでほしいって」
「おい」
「あとね……元々軍人なんだ」
15年前くらいの、あの国の。
レイナはちょっと言いづらそうにそれを口にした。あの国の、元軍人。あの国って言うのは……大体予想はついた。
正直、これだけの情報じゃ、なんでレイナがその人を選んだか全く理解できない。だって、あれじゃん?若い娘のレイナを誑かして、無職がヒモになるって言う感じにしか聞こえない。うん、どんなに整理しても、ちょっとこの条件の人はあたしなら全力でお断りする。それに……あの国の軍人だった、っていうのは、どうも……。
あたしの思っていることは、多分、レイナにも伝わった。あたし、顔に出やすいってよく言われるし。この情報だけじゃ、あたしがいい顔しないっていうのも、多分、彼女はわかっているんだと思う。
「……ねえ、レイナ」
「何?」
「……あんた、そのこと聞いて、なんで引かないの?」
「引くって……何が?」
お人好しのあんたが、そんなパッと聞いてロクでもない男に引っかかったって言うのが、あたしは見過ごせない。別れろとは言わない。だけど、これだけで結構アウトの部分があまりにも多すぎる。彼女が不幸になりそうで怖い。
レイナは困ったように笑い、そしてまたしゃべりだす。
「ふふ、ミズキ、顔に出てる。……普通なら、多分、ミズキみたいに引いちゃうだろうね。リクベルトさんもそれわかっているよ」
「……は?」
「わかっているから、ずっと誰とも付き合わないし、好きになりもしなかったんだって」
「……理解してその年まで結婚もせず、無職と」
ミズキ言い方悪すぎ、とレイナに怒られる。怒っても可愛いのは、言わないでおこうと思う。迫力が本当になさすぎる。
「でもね、私、なんとなくだけどね、リクベルトさんは大丈夫な気がするんだ。ミズキにとっては危ない人かもしれないけど、私には、優しさそのものみたいな人だから」
長い間、沈黙が続いた。いつも優し気に笑っているレイナの顔に、キリッとした、何かこう……一つの何かを決心する物が見えた。彼女の何かを、そのリクベルトとか言うクズ男は持っているのだろうか?あたしにはそうは見えない。
嬉しそうに語るその顔に、あたしは何も言えなかった。言葉になれないそれを飲み込もうと、あたしは酒を飲み干す。飲み過ぎは禁物だよー、とレイナはまた苦笑した。明日また仕事だけどそんなこと気にしていられるか!
レイナ、遅いなー。あたしがちょっとばか早く着いたのが悪いんだけど、もう時間なんだけどなー。遅刻するような子じゃないってわかっているんだけど。
今日はレイナと服を買いに行こう、という話になっていた。給料カツカツだけど、2カ月に一回の二人の楽しみだ。それくらいの余裕、まだまだ社会人ひよっこのあたしたちにもある。……ま、レイナはあのリクベルトとか言う奴のために服でも買うんだろうなー。あー、ちょっと腹立つ。彼女を不幸にしたらマジで張り倒しに行くぞ。
時間を確かめながら、ふと、近くのベンチに誰かが座っているのが気になった。男の人っぽいけど、髪がやたらと長くて縛ってる。黒いシャツ、ジーンズにブーツ。服の上からでもわかる筋肉質な体だ。背がでかそうだし、脚長い。サングラスかけて、何か怖い感じなのだが、となりにあるのが、大きなクマさん。
年が30代くらいだからなー、娘に買っていくつもりなのだろうか?いやいや、それにしても、あのちょっと極道さんみたいな感じの怖いあの人がクマのぬいぐるみと一緒とか。ちょっとクスッと笑ってしまう。いや、見た目の怖さからそんな和ましく思っている場合じゃないんだろうけど。
その人はこちらの様子に気づいた。ちょ、笑ったのバレタ!?ねえ、バレタ!?
嘘、ごめんなさい、笑うつもりはありませんでした、だからこっちに来ないで下さい、ああ、レイナ、あたしが居なくなったら時々思い出してn
「遅いぞ、ヒカリ」
え、となり、次の悪い悪いと謝る声にハッとする。そうじゃん、いかにもな格好を極道さんするわけないじゃん、バカなのあたし?バカだったよ。
勝手にはじめ、勝手に解決しようとしている心の修羅場。あたしの後ろから来た男性が、その怖い感じのその人に仲良さげに話しかけている。一見、年の差は5,6歳くらいありそうな感じがするが、2人の人は普通にタメ口だ。そして、その間にはでかいクマのぬいぐるみ。なんていうか、何か、こう、カオスだ。
「今日はまだ用事があるって言っただろ、遅れてくるなよ」
「困らせたくて」
「お前、オレを怒らせるために生きてるのか?」
「そうじゃないと思った?」
「イラッとさせる回答だな……!」
ああ、うん、イラッとするね。完全に年下のヒカリとか言う男性がおちょくってるね。赤の他人でさえそれはイラつくね。
年上そうな男性はため息をわざとらしく深く吐く。もう色々諦めたような、そんな感じだ。そして、大きなクマを抱えると、歩き出す。
「今日は彼女に買う物選ぶの手伝ってくれと言ったはずだろ」
「それくらい自分で選んでよねー」
「……選んだら選んだで文句と大爆笑するくせにな」
「どうしようもないセンスを振り絞られたプレゼントは悲惨だと、気付けオッサン」
「っるせえ、置いてくぞ」
あー……うふふ、何かすごい楽しそう、というか、仲がいいんだなー。基本、毒とツッコミしか入ってない気がするけど、まあいいや。
ヒカリという男性は年上が行くのを見て、あ、待って、と口にする。
「リク、ちょっと落ち着いてよ」
30代くらい……彼女もち……リク……ここらへんにもよく来る人だ、って言ってたな、レイナの言う人は。
「……まさかねえ」
レイナから話聞いて、気が立ってるんだ。まあ、気のせい気のせい。
万が一、あの人がレイナの言う恋人だったらどうしよう?その時はなんというか……レイナの度胸を称賛しよう。
そんなもしもの話で、あたしは苦笑した。
To Be Continued……