フリーホラゲーを呟く会

ホラーフリーゲームの感想を不定期に呟く。時々痛い小説があったり。

三題噺 「もぐら」「海」「掟」

 考えてみれば、それが当たり前だったのだろう。それが異常だと気付いたのは随分と昔だったのだが、それをどうにかする術は何も持っていなかった。

 それで我慢し続けて生きた結果だ。今でも管理されるのが怖い。何もかもが怖い。怖いんだ。

 でももっと怖いのは……。

 

――――――――――

 

 エルク。

 オレの名前が呼ばれる。誰の目にもつきそうもない場所を選んだつもりなのだけれど、目の前の男は鼻がいいのかすぐにオレを見つける。犬か、と何度思ったことやら……。

 海の上を走る船。他の船客も乗っていて、海の旅を満喫している。酔って海に吐いているオッサンもいる。見苦しい。子供がきゃっきゃ遊んでいるし、自分の歳ぐらいの子も仲良しの子なのか、兄弟なのか、もう一人とはしゃいでいる。がやがやしていて自分はこういうの苦手だ。

 人がいるとうるさいから避けてきたのに、わざわざ寄って来るなよ。

「……セーラは?」

「船酔い中。近寄るな、って怒られて追い出された」

「……セーラ、随分気が立っているね……」

 そこが可愛いだろ、と目を輝かせて言うコイツはバカだと思う。思わざる得ない。

 セーラは物静かな美人で、初めて会ったとき、あんなに失礼なことをした自分の身を案じてくれ、慰めてくれた。必要以上に近寄ってこないし、このウザ男と違って。

 ウザ……ロックはオレの目に気付いたのか蔑まないで、喜ぶぞ、とか脅してくる。アホらしいので無視をすると、今度は無視しないで、という。うっわ、めんどくせえ、とっととどっか行けよ。言葉にはしない、オレの地味な願い。

 えっとな、と急に真面目な顔になるロック。一体何なんだ、とオレは首を傾げる。

「お前、何か隠してる?」

「……はぁ?」

「だってさあ……」

「お前に関係ないだろ」

「うん」

「即答だな……ゲスな顔だな」

「そういうのは置いてだな……お前、何を思い出した?」

 今朝、うなされてたぞ。

 その言葉は、酷くあっさりとしていた。けれど、オレの体が一瞬固まるのをアイツは見逃していなかった。

「……いや、別に他意はないけどさ……。吐き出したいなら、吐きだしたほうが楽になれる時もあるってこと。ま、ないならいいけどさ」

 へラッとまたふにゃりとした感じで笑うロック。別に怒っていたわけでもない、でも、確実にオレのことに気付いていた。何かを見通すような、そんな感じがした。

 そう思うとオレは変に腹が立って、ほっとけ、と言って立ち上がり、自分の部屋の方に移動する。ロックが後ろで「キ」と付け足したのは聞かなかったことにした。

 

――――――――――

 

 思い出したことはある。でも、言いたくない。

 あの頃を思い出すと、今でも異常過ぎて頭が痛くなる。掟と言う管理の元で生活していた自分にとって、あれは思い出したくないものの一種だった。

 

 オレを他のきょうだい達が嫌うのはごく自然のことだ。オレ以外は役にも立たない、父の掟に従えるような子供はオレだけだ、構ってほしけりゃ少しでも優秀になれ。それに近いこと言われ続けていた。実の母親に、小さい時から。

 だからと言って、オレも幸せではなかった。甘えなんか許されない。母が求めることに応じるのが当たり前。出来て当たり前、出来なかったらできそこないと罵られ、暴力。常に人の目があって、常に持ち物チェックされ、何を書いたかまで確認され、息もできないくらい苦しくて、自分が自分なのか毎日毎日確認しなきゃ生きていける自信がなかった。

 それでも、他のきょうだいには、母の愛情を独り占めする憎いやつだったんだ。自慢されるときは嬉しい。でも、他のきょうだいが貶されるのが悲しかった。そして、オレをまたきょうだいたちは睨みつけるんだ。

 

 母がこうなったのも理解はできる。愛していた人と、その人の両親から奴隷扱いされ、いじめられぬいて、そいつが事故死するまで本当に精神的にあやふやだったらしい。

 それで子供のこと何度も罵られたんだ。何故、この家の掟に従えないんだ、従えるよう子供を育てろ、とか。

 それを10年以上に渡ってされてきたなら、本当に気が狂いそうだったのだろう。逃げれないよう、洗脳までされていたから。

 だから、完璧を目指しすぎる母になってしまったんだ。事故死したアイツにどんなにゲスでも、愛していたから、従おうとしたんだ。だから、「不良品」はいらなかったんだ。新しく生まれたオレを、傑作にしようとしたんだ。

 

 異常だと気付いていた。けれど、逃げれる物じゃない。逃げたところでオレはどこに逃げればいいと言うのだ。

 母には完璧を求められた。きょうだい達には陰湿ないじめを受けていた。

 それは仕方がないことだった。全員何かの被害者なんだ。不運が重なっただけなんだ。それでも……耐えるためには心を押し殺さないと生きていけなかった。

 

 そんな自分には兄が2人いたが、次男だけはとても優しかった。他のきょうだい達にいじめられていれば庇うし、具合が悪ければ看病もしてくれて、勉強のわからない部分も教えてくれた。

 次男だけは他のきょうだいと同じように、オレを特別扱いもせず、ごく自然と接した。お兄さん。今でもそう呼びたいぐらい、唯一愛せた人だった。

 思い出したのは、そこから先だったけれど。

 

『僕が作っておいてあげるから、エル君は自室で少し休んだら? 勉強を昨日夜遅くまで頑張っていたから、今眠いでしょう?』

 次男はオレにそう話しかけてきた。確かに眠いけれど、自分がご飯の当番だし、やってもらっちゃ次男に申し訳なかった。

 今思えば、あれが最初だった。

「いい。オレが当番だし。ルド兄さんは昨日作ったばかり……」

『お母さんが帰ってきたら休めないでしょ? 少しぐらい、休まないと体がもたないよ?』

「……でも」

『嫌なら、僕と交代する、って形にする?』

 忘れちゃって僕が作っちゃうと思うけど。悪戯っぽく笑う次男。オレはそこでじゃあ、という。好意に甘えさせてもらおうと思った。後で美味しいお菓子でも次男に渡さなきゃな、とか思っていた。

 次男はいつでもニコニコ。よくできた家庭的な男子だった。無口で仏頂面の長男と比べても、まったく似てない。次男のこの好意が純粋に嬉しかった。悪意満点の家の中で、僕はそれが安らぎだった。

 そして、自室で30分ぐらい寝ていたんだ。そして、次男の声に起こされた。次男の料理はどれもおいしそうで、みんな目を輝かせていた。ただ、オレの顔を見て、みんな顔をしかめたけれど。

 母親はまだ帰ってきていない時間だった。外で食べてくるんだろう。そう思っていた。

 いただきますをして、オレは、ご飯に口を放り込み、噛んだ。

 突然襲う歯茎の激痛。いたっと言い、オレは口を押えた。何かが口の中に刺さっている。それに気づき、オレはそれを抜いた。

 それは、三分の一ほどの長さになっていた針だった。

 こんなのが……!? と驚愕する。これが刺さったら痛い。早く消毒しないと。大丈夫!? と唯一心配する次男。オレの顔を見て、言った。何か、針とか入っていたの?って。

 正直言うとな、オレ、びっくりした。そして、ぞっとした。だって、うっすら笑みを浮かべる次男は、口から血を流して痛い言うオレを見て、すごく嬉しそうだったんだ。悪意のない、純粋な笑顔なのに、それが物凄く怖かったんだ。

 いやいや、次男がそんなことするはずない。そう思って大丈夫、といった。悪意満点なのは、他のきょうだいだ。異物混入を次男がするわけないし、さっき見た笑顔だって、気のせいだ。気のせいであって。

 自分をそう、言い聞かせた。

 

 誰かの髪が、大量に混入していたり、妙に洗剤っぽい匂いがしたり、そんなことはそれからも続いてた。きょうだいたちが当番の時はない。次男の時もない。ただ、次男がオレと交代する、と言ってくる日になるんだ。

 それから警戒するようになって、自分で作る、と言ったり、大皿のもの以外口に着けなくなっていく。そうすると、今度は個々の皿に盛る様になっていった。悪意のない、優しい次男の笑顔が、怖くなっていった。あの純粋な笑顔が、怖い。

 それを察しているであろう次男。でも、オレへの態度は何も変わらなかった。誰の悪意かはっきりしない、そんな嫌がらせだけが続いていた。次男じゃない。けれど、あの時の笑顔が、いつも脳裏をよぎった。

 そんなある日のことだった。

 曇り空の嫌な天気だった。次男が裏庭にいるのを、オレは見ていた。ただじっと地面を見つめ、いつものニコニコも浮かべていなかった。ただただ無表情で地面を見つめていた。

 なんだろう……何をしているんだろう……? 疑問に思っていた。

 次男が突然、獣のように何かに飛びかかる。ハンマー持って、何度も何度も何度も何度も地面を殴る。柔らかい土の上を、殴る殴る殴る殴る。土はどんどん変形し、ハンマーも泥だらけになっていく。それでも次男はやめなかった。異常なまでに無表情で、狂気じみていた。

 なんだよ、あれ……!? 思わず呟いた。だって、あんな次男、見たことなかった。あんなに恐怖を覚える狂気もなかった。怖い。怖い。怖い。

 雨が、一滴、また一滴と地面に染みこんでいく。次男の腕が、ハンマーを振り上げなくなってくる。ボコボコなった裏庭。雨に濡れていく次男。

 次男は突然、笑いだした。アハハハ、という、すごく無邪気だった。ハンマーを投げ捨てて、素手で土を掘り出す。泥だらけになっていく。止めなきゃ、止めなきゃいけない。そう思っていても、あの狂ったように地面を叩く無表情の次男がまだそこにいる気がして、声さえも出てこなかった。

 土の中から何かが出てきた。それは小さな……もぐらだった。

『ごめんねえ、ごめんねえ。痛かったよね、これで叩かれたら痛いよね、ごめんね』

 その声はオレの耳にも届く。けれど、あったのはとても優しげで、無邪気な次男の笑顔だった。ごめんねえ、と、笑顔で繰り返している。

『もぐらさん、ごめんね。でも、僕ら、似てるからさ、憎いんだよね。

人の目すらない真っ暗な場所をずっと掘って頑張っても、なかなか希望に出会えないのも、出会えてもわからない自分なのも、所詮誰かの下で生きていることも、誰にも認められない、興味を持たれない、って』

 

『それって……生きている価値、ないよね』

 

 

 

 オレは、次男がケロッと帰ってきても顔すら見れなかった。ご飯も口をつけられなかった。ただただ、次男があんなに壊れていることを知って、悲しかった。多分、その原因も自分なのも、わかっていた。

 次男が話しかけてもオレは適当にはぐらかした。とにかく怖かった。次男の見えなかった狂気がただただ。

 

 ごめんね。

 そんなメモを渡されたその日、次男はオレの住んでいた家に帰っては来なかった。その一週間後、遠くの海で浮いているのが発見された。事故だと言うが、あまりにも不自然で、そして、あまりにも次男の顔は穏やかだった。

 

――――――――――

 

 部屋の戸が叩かれる。控えめな叩き方。オレはのぞき穴からのぞくと、セーラが立っている。青い顔して立っている。ちょっと待て、結構ガチでヤバそうじゃないか?

 戸をあけ、セーラを入れる。どうしたの? と聞くと、腹枕、という。え、ちょ、待って、何の要求しているの、この人?

「腹枕してもらえば少し良くなる気がする……」

「うん、いや、色々おかしいよね?」

「とにかく腹枕して……ロックのバカどこ行った……」

 青い顔したセーラ。無理矢理オレを押し倒し、腹に頭を乗せる。ぐふっとなるオレを無視。押し倒す元気があるなら大丈夫じゃねえの!? とつっこみたくなった。いや、満足げな表情浮かべられてもな……!!

 そこにロック帰宅。押し倒されて腹枕するオレと、寝転ぶセーラ。目を丸くして交互に見る。そして、ふう、と息をつく。

「貴様、横取りか……! よろしい、ならば決闘しようではないか!!」

「絶対やだよ!」

「それじゃあじゃんけん大会開催しよう、そこはオレの場所だ!」

「ロックより寝心地いい……」

「セーラ!? ひどいよ!」

 ギャーギャー騒ぐオレらに、セーラはうるさいの連発。最終的にはセーラの拳骨がオレらに飛んできた。

 ……なんで、殴られるんだろ……理不尽……。

 

 

 仕方がないが重なっただけなんだ。仕方がない不運が重なっただけなんだ。それでオレが苦しんだ。そして、次男もきっと、苦しんでいたんだと思う。

 ねえ、ロック、セーラ。

 お前らは、こんなに周りを歪ませてきたオレを、認めてくれますか?

 認めてくれるのであれば、どうか、次男のように、狂わないで下さい。

 大好きだった人が壊れていくのが、狂気を見るのが、無自覚の悪意が、オレは、とても怖いのです。

 

 

fin

 

よし、イミフ。

今回のお題の提供者はルフトsでした。