フリーホラゲーを呟く会

ホラーフリーゲームの感想を不定期に呟く。時々痛い小説があったり。

マリオネット 記憶の代償

「君の娘、リーベ君を殺して来なよ。そしたら”アレ”返してあげる」
そうやってあの気持ち悪い笑顔を浮かべるアイツ。どうせできないだろう、という表情だ。実際、それを聞いた途端に諦めかけた。ああ、やっぱこういうことだろうかと思った、と。
……だが……
「……殺せば、返してくれるの?」
オレはアイツの顔を見つめ、聞く。アイツはやっぱり笑ったまま、もちろん、約束するよ、と言った。
確かにアイツには言った。この苦しみがとることができるなら、やってみても悪くはないだろうな、と。
確かにアレはなくなり、その苦しみはどこにもなくなった。……だからこそ、体が、頭が、アレがない状態に耐えられなかったんだ。オレの記憶は、アレがほとんどを占めていたのだから。
アレがある苦しみより、アレがない空虚感の方が、遥かに苦しくて苦しくてたまらなかった。生きている意味も、生きていた証も見えなくて、不安で、不安で、この空虚感を埋める痛みでなんとか耐えている状態だ。
あんなにもアレがある苦しみを味わってきたと言うのに、オレは結局、アレがないと生きれないのだ。
情けない話だ。自分でも思う。情けなくて……でも、苦しみから解放されたい。
そう思うあまり、オレは答える。
リーベを殺してくると。


赤い赤い液体があたりに舞う。
抵抗する間もなく少女の首から血が噴き出す。
生々しい赤い色はオレの髪と同じ色。
少女は驚き、そして、オレを見て笑う。
嘲るような、見下した笑顔で倒れる。
「マリオネット(操り人形)」
とだけつぶやいて。
赤い液体は少女の首からまだとめどなく流れていく。
床は少しずつ濡れ、染みついていく。少女の体に、少女の生きてた場所に。
オレはその少女の手をとる。その手は嫌に生暖かく、もうトクントクンという音はオレの手には伝わらなかった。


少女の亡骸をアイツの前に放りだす。さすがに本当にやってくると思わなかったらしく、アイツは少々驚いた顔をしてる。そして、笑ったまま少女に手を触れる。脈を調べているみたいだ。オレが調べた時はもうなかったのだから、とっくにないし、さっきよりは手も冷たくなっているだろう。
「ねえ、教えてよ」
アイツは無邪気な笑顔を浮かべ、オレを見る。少女の亡骸に手を触れながら、とても無邪気に言葉を放つ。
「実の娘を、殺した感想!」


何故、オレはこの言葉を聞いて、胸が痛くなったのだろうか。
何故、オレは一瞬息ができなくなったんだろうか。
この少女は確かにオレの娘で、一緒に暮らしているし、血はつながっているが、毎日のようにオレに殺意を口にし、メスやらを投げ、色々やらかすこの少女に、何一つして感情なんて抱いてないのに。
……それなのに……
「別に」と答える自分に対して、誰かが嘘つきとつぶやいたんだ。


アレが戻された。約束を守ったみたいだ。あのとてつもない空虚感はどこにも見当たらない。ほっと息を吐く。意識を失っている間に、また、変なことされるんじゃないかと不安ではあったが、特におかしいことはない。
オレは自分の手を見つめ、よしとつぶやいた。オレが殺した娘の方を向く。もう、血はでないようだ。
「んじゃあ、この子もらっていくね」
その言葉を聞いた瞬間に、全身が凍りついた。
何の迷いもなく、アイツはリーベの遺体を抱える。
元々リーベは普通より痩せていて、抱える分には全然軽い方だ。だから、右の小脇に抱えられた。何を言っているか一瞬理解できなかった。
リーベは確かにオレが殺した。それは確かだ。殺せばこの苦しみがなくなると、それだけのために。
いや、オレにとってはそれだけでは済まなかったんだ。本当に辛くて、たまらなかったんだ。何をしてでも解放されたい。その想いに忠実に動き、抵抗する間もなく少女の首にメスを突き刺したんだ。
だから、仕方ないのかもしれない。
オレは記憶のためだけに、この娘を殺したんだ。
娘より、記憶をとったんだ。
だからアイツがこういうのは当たり前なんだ。オレにはそれだけの価値しかなかったんだ。だからアイツがリーベの亡骸を持っていくのは仕方ないんだ。


それなのに……


『待って』


オレはリーベを連れて行こうとするアイツの手を掴んだ。
このままだと、何かが崩れそうで、このままだと、リーベの亡骸さえ見れなくなるという不安があった。
自分の記憶より必要としない娘だから、アイツの言う通りに殺し、オレにはそれ以上の価値はないはずなのに、どうしても、アイツにリーベを渡したくなかった。
返して
返して
返して
お願いだから
オレにその子を返して
その子を持っていかないで
その子を奪わないで
こんなこと言う権利はないとわかっているけれど、言わずにはいられない。何とも言えない感情が込み上げてくる。
力任せにつかんだ手。自然と力が入り、声を絞り出そうとした。


「何?」


無表情で振り向いたアイツ。その目の冷たさに、瞬間的に悟る。


ああ、もう無理なんだ。
何度言おうと、オレが何しようと、結局は無理なんだ。
リーベはもう返されない。
オレが殺したんだ。
オレが記憶のために殺したんだ。
その時点でわかっていたんじゃないか。
自分にはリーベはいらないと、誰に何されようとかまわないと、思っていたんじゃないか。
だからリーベがどうなろうと知ったこっちゃないじゃないか。
わがままだよな。
なんで今更ごねるんだ。
なんでこんなことしているんだ。
記憶の代償がこれだけで済んでよかったじゃないか。


なんで



返してと、悲しくて泣きそうになっているんだオレ。


「……なんでもない」
自分でも驚くほど震え、泣きそうな声でオレはそう言い、手を放した。
にこっと笑うアイツは、リーベを連れて行く。動かないオレの娘を。




あの時オレはどうすればよかったんだ。
わからないよ。
どれも答えじゃない。
オレが出した答えはあまりに身勝手で、あまりにその代償が大きい。
だからと言って、あのまま苦しんでいくのも耐えられなかった。


リーベは、オレの記憶の代償。


誰もいないこの部屋に、オレが殺したリーベの体液がまだ染みついてるこの部屋に、何年も忘れていた涙がしみていく。


オレは
いつまで経っても感情を完全に忘れることなんてできないで
何かを失ってばかりで
本当
救われない


そして
救われてはならない存在になってしまったんだ




FIN


ひよりsのマリオネットのマンガを見て、描いてみたくなった。