マリオネット 手
ああ、もう、全てどうでもいいなあ……。
ここには痛みなんて存在しない。
でも、痛みの記憶は存在する。
今の痛みが、伝わってこない。
当たり前かな?
記憶の痛みが身にまとってそれが痛いのはあるけれど、今の痛みは、肉体から遠く離れたここでは関係がない。
ああ、気持ちがいい。
記憶は少し欠けてしまった。
だからもう嫌だ、失いたくない。
ここから出たら、きっと失うから。
出たくない。
別にいいだろ?
ここにいたところで、誰が困るわけではない。
オレの中なんだから。
失う辛さを味わうくらいなら、ここから出ないよ。
これぐらいしか自分の物を守る術がないのだから。
《エルクさん……》
……ラグ?
なんでこんなところにくるの?
……来るなよ。
出て行けよ。
《エルクさん……》
……なんでそんな目でオレを見れるの?
オレ、結構お前にひどいことしたよな?
……それなのにそんな風に見れるのは、オレを憐れんでくれているの?
ありがた迷惑な話。
……そんな目でオレを見るなよ。
何を思っているかわからない表情で、オレをまっすぐ見るなよ。
オレをそんなにもここから引きずり出したいの?
《……》
何で黙り込むの?
人の中に入っておいて、黙秘するの?
どんだけ不快なことか、わかってないの?
ねえ、オレがどれだけ失う辛さを味わってここにいるか知っているの?
《……》
……黙ってないで何か言えよ。
おもしろがっているのか、こんな滑稽なことしかできないマリオネットを。
……だとしたら……笑えよ、いっそのこと。
なあ、お前だったら嘲笑っても辛くもなんともないから。
そうじゃなきゃ、出て行けよ。
どうせお前も一緒だろ?
救われようともがくたびに、何かを失うばかりのオレを、嘲笑うためにここにいるんだろう?
《……違います》
違う?
どこがどう違うっていうの?
《……エルクさん……あなたは、何がしたいのですか?》
……何もしたくない。
強いて言うのなら、自分の好きなことしたい。
あんなくだらない日常でも、オレにとっては唯一の居場所だからそこにいたい。
でも、それも叶わないものとなったのなら、失いたくない。
オレ自身を、オレの生きた証を。
《……では、何をされたいですか?》
……救われたい。
でも、救われないさ、ずーっと。
手を伸ばして、もがいて、そのたびに何か失って。
救いを求めるたびにそうなるのに、自分ではわかってないかのように、また手を伸ばすんだ。
助けて、って。
それでも、誰も助けてくれない。
他人にすがるからいけないんだ。
だから、他人に縋りたくない。
愛されたいよ、本当は。
でも、愛されることを求めるとまた傷つくから、愛されたくない。
愛してよ、と願うたびに、愛されなくなることが怖い。
愛されたいのに、愛されたくないと思う。
こんなオレだから、誰も愛さない。
こんなオレだから、滑稽に見える。
こんなオレだから、救いを求めても、笑われるだけ。
いい加減、飽きたよ、そんなの。
もうどうでもいいよ。
《……どうでもいいなら……》
……?
《どうでもいいなら、なぜまだそれを望むのですか?》
……。
《救われたいからでしょう? 愛されたいからでしょう? どうでもよくないです。あなたにとってどうでもいいなら、こんなことされたいと、思わないでしょう?》
……。
《……エルクさん》
……うるさいなあ……。
《笑えと言うのは、笑われたくないからじゃないですか? 自分のことを笑ってほしくないんじゃないですか? 自分が真剣に思っていることを、笑われて、本当にそれでいいと思うのですか?
失いたくない、救われたい、愛されたい。それを笑われることで全否定されたいのですか? 違うでしょう?
失いたくないから、救われたいから、愛されたいから、笑えと言い、笑わないでくれる人がほしいんじゃないですか? 自分が本気で思っていることを、笑わない人が……》
うるさい。
なんでお前にそんなに偉そうに言われなきゃならないんだ。
ああ、そうだよ。
だからこんな滑稽な自分が嫌いだ。
大嫌いだ。
気持ちが悪くて、どうしようもなくて、大嫌いでたまらない。
笑えよ。
笑ってくれよ!
否定しろよ!
無理だ、って笑えよ、大声で!
お前の言うこと全部本当だとするのならば、オレのこと嘲笑えよ!
思いっきり嘲笑ってくれれば諦められるから。
なあ。
笑われる辛さよりな、見向きもされない方が、笑う価値もないかのように扱われる方が、何倍も、何十倍も、辛いんだ。
なあ、無理だと思っているからそんなこと言えるんだろう?
なら、笑え。
《……》
……また黙るのか。
勘弁しろよ。
笑う価値さえないことは知っているからって、そうやって黙るのはさ。
《……》
……なんで手を握る?
離せよ。
《……どうすれば、エルクさんは私のこと愛しますか?》
……は?
《私が笑う価値がないとか、否定するわけではなく、あなたのことを笑わないとするなら、あなたは私を愛しますか?》
……何気持ち悪いこと言っているんだ?
《……気持ち悪くてもいいです。でも、私はエルクさんが好きです。だからこそ、何かしたい。何かされたい。……エルクさんは、そういうものではない、とても否定的で、しかも一方的なものしか知らないから》
……。
《……エルクさん、あなたが思っている以上に、私はあなたが好きです。だからこそ、私はここにいます。
私はあなたを笑いません。
私はここにずっといますから。
あなたが手を振り払ったとしても、あなたが私のことを笑ったとしても、私はあなたが救われるまでずーっといますから。
……エルクさん、だから、愛してください、私のことを。
私があなたを受け入れ、愛しますから》
……最高に気持ちが悪いな。
でも、なぜか泣いてる。
悲しいわけでも、苦しいわけでもないのに。