フリーホラゲーを呟く会

ホラーフリーゲームの感想を不定期に呟く。時々痛い小説があったり。

マリオネット もう一つのBAD END2

「おや、おかえりなさい。……? 元気ないようですねえ?」
いつもと同じ笑顔のあの人。その冷酷さも、その残酷さも、狂人っていうことも、オレがよく知っている。でも、それでも、今、ここに立って、あの人の顔を見れることに喜びすら感じている。
「……少し気分が悪いだけ……休めば治ると思う」
歩み寄ってオレの顔をその人の顔を見る。その顔は興味なさげで、それでも微笑みを浮かべたままだ。
「ふーん? ではさっさと休むことですね。貴方には頼りにさせてもらてますので、体を壊されると私が困ります」
しれっとそう言い放つ。それでも……その言葉にオレは泣きそうになる。
この日に限ってなんでそんなこと言うの? もう休んでも、オレはいなくなると言うのに。普通に接したいのに、泣きたくて、悲しくて、寂しくて、何の返事もできない。声が出かかっているのに、出るのを嫌がる。
世辞で、道具としてしか見ていないセリフかもしれないけれど、それでも、そこにオレを必要としていたことが嬉しくて、同時に、もうそれができないことの悲しさが、胸を満たす。
この人ともう話ができない。それがどれほど辛い事なんだろうか。オレは知らない。知るぐらいの大切な人なんて、今まで誰一人としていなかったんだから。知りたくない。でも、否が応でもこいつは知らせるんだ。
「エルクさん? 大丈……なんですか? あなたは不法侵入ですよ」
「えへへ♪ こんにちわ〜♪」
オレの後ろで嘘の笑顔を何の違和感もなく浮かべるコイツは、オレにそんな悪夢を見せるんだ。オレが、この人の知らないところで消えることの辛さを、もう話せない苦しみを、全部。
もうどうしようもないことなんだ。今はこの人との最後の時間を大切にしろ。オレはそう自分に言い聞かせ、その人に大丈夫、と答える。
「……そういえばフェリス、聞きたいことが……。この薬ってどう作ればいいんだ……?」
「……それでしたら、これとこれを混ぜてからこの中に入れたらいいですよ」
すごくくだらないことを聞いてる。作りもしない薬のことを、この人に聞くんだ。知らないでいてほしい。知らないでいたのなら、もう少しいれるから。その人の興味がわけば、少しでもこの人の興味を手伝うことができるのだから。
そんな願いもむなしく、即答される。後ろでニコニコ笑うコイツに気を遣いながら、オレはいつものようにうなずくんだ。いつも通りじゃない気持ちでこの人を見ながら。
「……なるほど……。……なら、これをこうしたら、こういうのができるのか……。……わかった。……ありがとう」
「ええ、そうです。どういたしまして」
ニコニコ微笑むその人をずっと見ていたい。このまま時が止まっていればいい。もう少しだけ、もう少しだけ、オレのわがままを聞いて。もう少しいたいから。どうか、もう少しだけ……。
「ねえ、もういい?」
小声で囁かれる。ビクッと体が震える。タイムリミット。そう告げている。もう少しでもいたい。そんな気持ちを伝えるわけにはいかない。この人に悟られないように、いなくならなきゃ。そういう約束だから。オレの最後の願いはここまでしか叶えてやらないと言っているんだ。
早く、この人からコイツを離さなきゃ。この人が気づく前に。
「……ちょっと疲れたから休んでくる……」
そう伝える声は震えないようにするのに必死だ。
そうですか、と言って微笑むその人に背を向ける。この人に言いたいけれど、言えない、でも、我慢できずに自分しか聞こえないような声でつぶやく。
「……さよなら」
と。


「ああ、待ってよ。まだここでやることあるでしょ? ……それからにしようよ」
ドアを開け、廊下に出た。へラッとした笑みを浮かべ、一刻も早くあの人の元から去りたいオレの肩をがっちりつかんで離さないそいつは、オレの耳元でそう囁く。背筋が凍る。またコイツは何かを企んでいる。オレの全身がそう警鐘を鳴らす。
動け、足。
動け。
なんで動こうとしない?
コイツをあの人から一刻も早く離さなきゃ。
ねえ、足、動いてよ。
動けったら。
「……やること……?」
そう聞く声はすでに震え、泣きそうになっている。そう、やること、と楽しそうに笑うそいつの顔を見る自分。コイツに逆らえず、ただそこに立っているしかなかった。
「まずはねえ……彼の名前は?」
「……フェリ……ス……」
「ん〜? 聞こえないよ。もっと大きな声で」
何を企んでいるんだ。何をしようとしているんだ。わからないよ。わからないけど……怖いよ……。
「……フェリス……」
「……」
あ〜あ、とそいつは笑う。その瞬間に気付く。やめろ。そう声がでそうだった。
オレの声に反応し、ドアを開けるあの人。
その瞬間、銃声が鼓膜を劈く。
赤い赤い血が、あの人の青い髪に混ざってどす黒く変わる。
スローモーションのようにその人がゆっくりと倒れていく。
何が起きているの?
何が起きたの?
ねえ、なんで……この人は頭から血を出しているの?
わからないよ。
わかりたくないよ。
それでもあいつは嘲笑うんだ。
「唯一頼られていた人と永遠の別れだね」
と。


嘘だ。
嘘だろ?
オレが消えるならわかるよ。
もう助からないとわかっていたから。
なんでこの人が先にいなくなるの?
ねえ、なんで?
嘘だ。
これは夢なんだ。
タチの悪い夢なんだ。
ああ、早く覚めるんだ。
ねえ、ほら。
泣いてないでよ。
そんな風に狂ったように魔法を唱えてないでよ。
この人は動かない。
ほら、人形みたいに。
いくら呼んでも返事もしないじゃないか。
冷たくなっていくじゃないか。
よくできた人形の夢なんだ。
ほら、覚めろよ。
ねえ、早く。
早く。
理解してしまう前に、覚めろよ。
ねえ
ねえ
そんなに泣いてないで早く目を覚ませよ。
冷たい人形をなんでそんなに大事そうに抱えているんだ。
胸が痛くて痛くて痛くてたまらないのに、なんで覚めようとしない。
息をしないあの人の体を抱えるオレの目から、涙が溢れる。今まで体験したことないほどの衝撃が体全身を覆い、さっきから震えが止まらない。全然。
「はいはい、終り♪ 君がその子を呼んだせいでその子は死んだの。もういいでしょ? やることは終わったもん」
へラッとした笑みを浮かべ、アイツはオレを見下ろしている。その目に嘲りが混ざり、オレの滑稽な姿を笑っている。ぐいっと肩を持たれる。嫌悪感は全身を巡り、振り払う。体は震え、涙は流れたまま。そんなオレにそいつは体を屈め、オレの耳元にその口を近づける。
「哀れだね♪ 君がその子と関わったせいでその子は死んだの♪」


オレが……関わったから……


「……もうしゃべらない。笑わない。怒らない。悲しまない。動くことさえ!! 生きることさえ!! もうできないんだよ」


もう……何もできない……


「君のせいで」


オレの……せいで……


言葉がゆっくりとオレの耳を通っていく。聞こえているのに、鼓膜は揺れない。胸の痛みは一層ひどくなり、息もできなくなってくる。呼吸する音は、震え、浅い。
突然、そいつの足があの人を踏みつける。体が元々弱かったあの人の体から何かが折れていく嫌な音をさせて。違和感があるその笑顔を、オレに向ける。
「もうこの子はいらないでしょ? 離したら?」
ぎりっと音をさせ、踏みにじる。またポキポキっと言う音がする。オレはそいつの足を払う。その人の体を傷つけるな。汚すな。もう死んだんだ。これ以上、この人を利用するな。オレを傷つける道具として、使うな。オレは……どれほどこの人を大事に思ったことだろう。道具としてこの人を利用するな。汚すな。頼むから……。
「……しばらく……フェリスと二人きりにさせて……くれ……。もう……それ以外は望まない……から……」
せめて亡骸だけでも綺麗なままにしたい
傷なんてなかったぐらいに
ごめんなさい、フェリス
死を望んでいたあんたの死を悲しむオレがいて
ごめんなさい
殺されることを望んでいた時点で自分の体が綺麗な状態だと思っていないだろうけど
でも
汚され分を綺麗にしなきゃオレが耐えられない
あんたを利用し、汚すことを考えたこの男を連れてきてごめんなさい
「あはははは。何言ってんの? もう、終わったんだよ? 最後の望み、叶えてあげたでしょ? 見てよ、この子の死に様をさ♪ こんな子、大切にされる価値なんてない。もう死んだんだからさあ!!」
「っそれでも……!!お願いだから……!!お願い……します……」
首を掴まれ、あの人の顔に自分の顔を突き付けられる。
泣きながらもオレは懇願する。こいつを喜ばせるだけなのに、泣いて、この願いを聞いてと。
フェリスが大切にされる価値は、オレにはあるんだ。あんたにないだけで、オレは、フェリスが大切で、大切で、大切で!! もう死んだとかそういうの関係ないんだ。オレにしかわからないフェリスの価値を、あんたに決められたくない。
言いたいのに言えない。その言葉を飲み込み、ただこの人と二人きりにしてほしいと。
やだね、と悪戯っぽく笑うそいつは、無理矢理オレの手からその人を奪い取る。奪い返そうとするオレを片手で止め、すっともう片手の銃をあの人に向ける。
何発もの銃弾があの人の体を汚していく。
撃たれるたび、その衝撃であの人の体が動いていく。
あの人の体が、赤く染まっていく。
自分の手を見る。赤だ。赤だ。赤だ。
誰の赤? あの人の赤だ。
赤赤赤赤赤赤赤赤
赤に汚されていく。オレの髪の色と同じ色に染まっていく。


フェリス。
フェリス。
嫌だ。
嫌だ。
汚れる。
オレの大切なあの人が汚されていく。
誰のせいで?
こいつのせいで。
……違う。
オレのせいで。
オレのせいで大切な人は死ななきゃいけなくて、汚されていくんだ。
ごめんなさい。
ごめんなさい。
ごめんなさい。
ごめんなさい。
ごめんなさい。
オレこいつに見つからなければ……
オレがフェリスに会いたいことを願わなければ……
オレが
そもそもオレがフェリスに会わなければ……
こんなにも汚されて死ぬ運命にはならなかったのに!!
嫌だ。
嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。
ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……
ここでなく権利なんてないのに泣いてごめんなさい
ここで何かを言う権利なんかないのに、フェリスの名前を言ってごめんなさい
生きる価値なんかないのに生きてごめんなさい
何度でも謝るから
許されなくても謝るから
どうかどうか
この人をもう汚さないで
嫌だ……嫌だ……





「−っ嫌だあああああああああ!!」








オレは声が潰れそうなほどの声で泣き叫び、意識を失った。






誰かの声が聞こえる。
ふとももに痛みを感じながら起き上がる。知らない所にオレは寝ていた。何やら鉄臭い。
目の前でヘラヘラした笑みを見せるその人は何か言っているが、何を言ってるかうまく聞き取れない。頭の中はぼんやりし、何が何だかわからなくなる。
「……だ……れ……?」
その言葉は、目の前にいる男の表情を変えるのに十分だった。
「……エルクく〜ん? 大丈夫〜?」
大きな手で顔を優しくなでられる。この誰だかわからない人を見つめる。
「君……誰……?」
もう一度問いかける。そして、オレは近くの鏡に映る人物を見つめる。
赤い髪
緑色の瞳
仮面をかぶったのかと錯覚するぐらい感情がない顔
白衣を身にまとい、16歳くらいの少年がそこに座り込んでいる。顔や手に赤い何かがついているのが気になる。
手を伸ばし、鏡に映る少年の顔にふれようとする。鏡の中の少年は、オレに向かって手を伸ばす。手をひっこめると、少年も同じように手をひっこめた。
「……これ……オレ……?」
自分の顔に触れる。鏡の少年も同じように。
「君はエルクって言う子だよ〜。僕はヴァッシュって言うんだ♪」
男はそう笑って言う。その名前を聞いても、ぴんっとはこない。



オレは……誰なんだろう?
何か大事なことまで全部、思い出せない。
何一つとして。