フリーホラゲーを呟く会

ホラーフリーゲームの感想を不定期に呟く。時々痛い小説があったり。

ある日の寒空の下で

寒空の下、オレはその場に立ち止まる。息を吐くと白い息が頼りない街灯の光の下にうつる。空気は澄んでいて、空を見上げると群青色のキャンパスいっぱいに星が光輝いている。月光がない分、余計に綺麗に見える。
オレはぐいっと唇を拭う。切れた口の中が痛くて仕方がない。
アイツら、手加減しねえな。殴られた頬が腫れて熱を持ってる。腹もかなりやられたから、ズキズキと痛む。
ちっと舌打ちをする。足は無事なのが不幸中の幸いだ。これでやられたら、家に帰れない。まあ、この姿もけして褒められたものじゃないが。
いつつ、と脇を押さえる。手加減なしのあれをさすがにまともにはくらいはしなかったが、それでも最悪、あばらをやったかもしれない。
家には何て言えばいいんだろうな…。オレはため息をつき、家に帰りたくないと思いつつも、歩きだす。
「凜」
後ろから突然、軽くこづかれる。たださえも痛む頭にはそれが超痛いの理解してんだかしてないんだかよくわからないこの挨拶に、オレは思わず、痛い、と声をあげる。
こづいた張本人は、気にすることもなくオレに笑いかける。日本人らしい美人で、黒くてサラサラした髪をポニーテールにしている。
「……姉さん……」
「ひっどい格好ねえ……。それで家帰れんの?」
「……ほっといてくれ」
ニコニコと無神経な笑顔のその女性…オレの姉だが…に、オレは眉をひそめ、ぷいっと顔をそらす。そして、歩きだそうとする。
こら、と言って、姉はオレの腕を掴む。姉の方が小柄で、細いのに、その力はオレでさえも驚く。
「たまには姉貴面させろって。
あたしのアパートの方が近いよ」
そうやって無神経な笑顔をまた浮かべる。
それでも……今はこの笑顔に甘えるか。
オレはため息をつきながら頷き、仕方なさそうに姉に引っ張られて歩きだした。



そこらへんで座ってて、と言われ、素直に小さなソファに座る。
大雑把で理不尽の塊。そんなイメージ…つーか事実で本当にそんな性格…の姉だが、部屋はキチンとしている。本棚を見ても、普通の連中なら頭が痛くなるくらいクソ難しい論文ばかり。しかも、翻訳してないの。
こう見ると、オレの姉貴だな、と思う。自分で言うのも何だが、オレも小さい時から姉につられてこんなの読んでるし、興味がある方向がオレと一緒。
美人で、家事できるし、頭いいし、運動できるし、もててもいいはずなのだが、何しろ、かなり性格に難あり。
彼氏作れよ、オレにかまう前に、と呟くと、姉が後ろからこづく。
「余計なお世話よ。ほら、傷見せな。痛くないように処置、なんてことできないから」
「始めから期待してねえよ」
オレはわざと不機嫌そうに答え、上の服を脱ぐ。脱いでわかったが、やはりアザになっている。
ひっどいわねえ…。姉はそうつぶやく。そして切れてる所を消毒し、絆創膏を貼る。宣言した通り、しみて痛い。
姉は消毒し終わり、道具をしまうと、お湯を沸かしに行く。
「今日、どうする?こっちに泊まる?」
「………姉さんが構わないなら、そうしたいかな…」
報酬に明日の朝飯と弁当で、と答える姉。全く、弟に報酬とか言うなよ…。それで済むなら作るけどよ、いくらでもよ。
姉はにっこりと笑い、袋に入れた氷をオレに渡した。



オレと姉は、異母姉弟だ。
姉が十歳の時に、父親の不倫相手のオレの母親がオレを孕んでいた。
父親はオレをおろす気はなく、姉の母親とは割と争いもなく綺麗に別れた。
オレとしてはあまりいい話ではなかったが、姉が言うに、父親と姉の母親は既にかなり冷めた仲で、不倫相手の妊娠と父親の考えは都合よかったらしい。
そんな複雑で、嫌な思いをしたはずなのに、姉はケロッとしてる。たまにしか帰ってこない父親だったせいか、悲しくなかったらしい。この姉らしい答えだけどな。
けれど、大人になって、10も年下の半分しか血の繋がらない弟のオレの存在が気になったらしく、オレがまだ小学3年あたりで両親に内緒でオレに会いに来た。
それ以来、こっちにアパートを借りて、就職して、働いている。
オレの方としては、いきなり姉の存在を知るし、姉の性格難に悩まされるし、でも、あまり両親とうまくいってないオレには助かる存在ではある。
オレの両親との関係は良好だが、オレは父親の祖父によく似ていて、祖父と喧嘩して親子の縁を切るくらい祖父が嫌いな父親にとっては複雑な思い。
ぎくしゃくな関係なオレと父親、そんでもって、母親はあの日以来、オレに疲れきってるし。
ぶっちゃけこんな格好で帰ったら家に居づらくて仕方がない。
姉ははい、とオレにコーヒーを渡す。切れた口ではかなりしみるが、こんな寒い夜だ。正直嬉しい。
ふぅ、と息をつきながら、姉はオレの隣に座った。スタイル抜群で、足は長く、組んでいる。
一度写真で見たことがあるが、姉の母親も美人でスタイルがいい。気は強そうだが、それを差し引いても美人だ。姉はその部分の血をきっちり引いてる。
「……で、何があったの?」
「……」
「また、あのことで絡まれた?しつこいわねえ…」
はあ、とため息をつく姉。
オレは小さく頷き、誤魔化すためにコーヒーを飲む。口内にしみるが、気にせずに更に飲む。
オレは腫れた頬に触れる。触れただけなのに、ピリッと痛む。
「…また抵抗しなかったの?……少しは返せばいいのに、あんた、強いんだから」
「勝てるからだよ。…どうせアイツら、あのことを理由にストレス発散させたいだけなんだからよ。
…これ以上、こじらせたくない」
自分でも素っ気ないな、と思うくらい無愛想に言う。姉はまたため息をつく。
「…このまま、卒業まで耐えるつもり?」
「そのつもり。…今の連中、高校に入りさえすれば、まだマシさ」
「そう言う意味じゃないわよ。…凜、あんた、まだあのことを引きずってんの?」
「……」
凜、と姉はオレを呼ぶ。
オレはただ黙って空になったコーヒーカップを見つめる。
「……偽善者…ね……」
姉はため息まじりにそう呟く。その言葉の鋭さに、思わずビクリと肩を震わす。あのことを、オレは思い出す。
そしてオレは、ギリッと歯軋りをする。こんなオレが、あんなことをひたすらネチネチと責められている。
仕方ない。
そうは思っている。
「……凜」
「姉さん、オレが悪くないとか言わないでくれよ、胸くそ悪くなるから」
「言わないわよ、んな薄っぺらい言葉。てか、そんなの事情わかっているなら言えないわよ。
あんたは、悪い。あれは、あんたも悪い」
はっきり言うな、とオレは苦笑する。姉らしくてそういう所は嫌いじゃないが。
「…でも、それを理由にあんたを偽善者呼ばわりして、あんたに暴力を振るう真の偽善者はもっとムカつく。首しめたい。てか、腕何回折っていい?」
「最初よかったのに、後半で台無しにしやがったし。
てか、腕を何回も折るな」
しかも、この姉が言うと、全く冗談じゃないから、笑えない。目が本気だしな。



あのこと…オレの親友が自殺した。
いじめが原因で、首を吊った。


オレの目の前で


「偽善者」と笑って。


そのことは瞬く間に学校に広がり、一度広がったその噂は消えることなく、オレは周りから孤立していった。
偽善者だから、アイツが死んだのは、偽善者のオレがいたから。
そう噂され、避けられ、最近では直接手をあげるようになった。
真の偽善者はそれを理由にオレを傷つけてくる奴らだ。
わかっているはずなのに…オレはその制裁を受けてる。もう、これ以上こじらせたくない。これ以上、被害者出したくない。だから。
「バッカじゃないの?」
姉の言葉はいつに増して厳しくて、とりつくしまもない。
ストレートな物言いをする姉は、コーヒーをぐいっと飲み干す。
「あれは、こじつけ。正当な理由にならない。てか、凜も凜ね」
「姉さんが回り見ないだけだろ」
「それ差し引いても…」
「否定しないのかよ……」
「思い出すな、思い出させようとする奴はろくな奴じゃないからガン無視」
「うわあ……むちゃくちゃ難しいこと急に言いやがるし…正しいから反論できねえー…」
口では文句言いつつも、姉の言葉に感謝する。姉はもっともっとわがままで、自分勝手で、理不尽だけれど、自分のルールは貫く。
姉の存在がいてよかったな。口にはできないけれど、正直な気持ちだ。
姉はだんっとコーヒーカップを置く。
「態度をハッキリしろ。てか、本当、思い出すな、ドMじゃないなら」
「……姉貴面するなよ」
させろって。
そう言って姉は痛む頭を今度は強く叩いた。


本当……


腹立つぐらいいい姉だよ。