フリーホラゲーを呟く会

ホラーフリーゲームの感想を不定期に呟く。時々痛い小説があったり。

Lua Nova 

私が若かった時、よく行っていたカフェがあった。

その店は「Lua Nova」と言った。

別にこれと言った特徴はないが、古いが、レトロというおしゃれな感じがする。物静かな場所に建つそのお店には、若めの店主が一人と、常連なのか従業員なのかはっきりしない狐目の男が共にいるのだ。

店主は黒いくせっ毛と物静かな黒目……と言いたいところだが、正直生気が見当たらないだけ。けれど、どこか美しさを感じる顔立ちだった。

メニューに書かれている物はどれもおいしく、よくお替りや菓子のサービスをする人である。無表情が多く、愛想は決していい方ではないが、どこか和む雰囲気をまとっている。話しかければ愛想はよくないままだが、物静かに丁寧な口調で会話に応じてくれる。

音楽に関しては店主さんはあまり詳しくはなかった。というより、あまり興味が持てないという。食べ物関係にはこだわっているし、前の店主さんの時から気にいっているこの店の雰囲気を壊したくないとは思っていたらしい。しかし、彼は音楽に疎かった。それがこの店の欠点の一つで、雰囲気に欠ける。非常にもったいない欠点だった。

幸い私は音楽が好きで、よく自宅で聴いている。だからその店主さんにいくつか、この店に合った曲をプレゼントしたことがある。店主さんは受け取るたび流してみるが、毎回のごとく、首を傾げてはよくわからなさそうに聴いているのだ。それを狐目の男も一緒になって聴き、そして、いい曲、と一言だけ言うのだ。

店主さんの反応はとても素直な反応だと思った。建前の一言すら出てこない。しかし、それで腹が立つことがないのだ。その反応に私も苦笑いしているだけだ。わからないのは、仕方ない。代わりに食べ物はとてもおいしいのだから。

私はそんなこのお店が好きだった。そして、あの店主さんと狐目の男も。

しかし、とある理由があり、この場所を離れなければならなかった。私は、最後にその店を訪れた。そこの店主さんはまたいつものように静かに私の話を聞き、そして丁寧な口調で、また、お立ち寄りください、といつものように無表情で一言だけ言った。声の抑揚も何もない、その店主さんが私は大好きになっていた。

 

 

あれから30年は経っただろう。

私はこの土地に戻ってきた。もうずいぶん年を取ったし、私には家族がいる。町の風景も随分と変わった。

私は、ふと、あの店のことが気がかりになる。私が気に入っていたあの店は、まだあるのだろうか。幸い、今の家はそうあの店に遠くはない。行ってみよう。私はそう思った。もしかしたらないかもしれないが、私はあの店が大好きだ。行ってみて損はないはずだ。

 

その後のことを簡潔に言おう。

まだ、その店はある。私が大好きな店は、まだ、そこにそのまま残っていた。

まるでそこだけ時間が止まったかのように。私が勧めた曲が、店の中を流れている。

静かな雰囲気に、懐かしさを覚える。

そして、店の奥から出てきた店主さん。彼は淡々とした声で私に向かって言う。

「いらっしゃいませ、お久しぶりですね」

 

彼も時間が止まったかのように、若い姿のまま、無表情でそこに立っていた。

 

Lua Nova」

この店だけ、時間が止まっているのは何故なのだろう。