フリーホラゲーを呟く会

ホラーフリーゲームの感想を不定期に呟く。時々痛い小説があったり。

Lua Nova 1章 1

「ねえねえ、オーナーさん!」

「……なんでしょうか?」

「この店の名前って、どういう意味?」

中学生1,2年生に見える少女。あどけなさをその姿に宿し、無邪気に笑っている。この店の物静かな雰囲気とは合わない元気がいい印象を強く受ける。

一方オーナーと呼ばれた30前半ほどの男性は、ひどく無気力に見える。無表情で、何事にも関心がなさそうな黒い目。黒いくせっ毛は手入れされていないように見えるが、それとなく聞いてみると毎日数十分は髪と格闘しているらしい。この無気力さからは想像ができない。

少女以外に狐目の男が隅っこの窓辺で自分のカメラの手入れをしている。それ以外は、この店に客はいない。こういう客がいないとき狙っていくと店主であるこの綺麗な顔した無気力なオーナーはよく話相手になってくれるのだ。忙しくても会話は続けてはくれるのだが、喋りたくない、というオーラを出すから話しかける方もつい黙ってしまう。悪い人ではないのだが、どこか自分に素直すぎる部分が多い。

店主は綺麗に拭いたカップを片付けながら静かな声で喋りはじめる。

Lua Nova……ポルトガル語で新月、という意味ですね。私の父がここを経営する前からそのような名前でやっていたようです」

「オーナーさんのお父さんが経営する前って……じゃあ、お爺ちゃんの代からってこと?」

「いいえ、祖父は別のことをやっておりました。私の父がここの店が気に入り、そこの店主だった人と仲がよくなり、全く関係がなかったはずの父がここを受け継いだのです。どうやってかは知りませんが、まあ、正攻法ではなかったはずです」

何で、という少女にオーナーは肩をすくめ、身内と土地を巡って争ったことがあるらしい、とだけ言うと、少女は納得する。身内と争っていたのに、ここの店を受け継ぐなんて……どんな手を使ったんだか。

「私がこの店を受け継ぐ頃には、まあ……何とかおさまっていました。今、色々やられたら私で対処できるかわかりませんが」

「え!そうしたらここのお店無くなるかも、ってこと!?そんなのやだよ!」

「ありがとうございますね、まあ、ないと信じておきましょう」

ないない、と少女は何度も言う。店主はそれを、いつもの無気力な目を細め、珍しく微笑んで、ないといいですね、と言った。

 

少女は数年前、初めてこのお店に来た。その時、彼女の祖父も一緒だった。祖父はこのお店が若い時によく来ていたことを話してくれたのだ。

祖父の話によると、店主は店主の父親によく似ていると言う。生気がない目、黒いくせっ毛、それなのに綺麗な顔立ち。何から何までそっくりなのだ。だから、30年ぶりにここに来たとき、ひどく驚いたと言う。まるで、そこだけ時が止まっているようだと。

確かに祖父が見せてくれた写真にいる、彼の父親と彼はよく似ているのだ。30年ぶりに会った祖父が見間違うのも無理はない。

お久しぶりですね、などと言うセリフ。あれを言われたときは本当に時が止まっていたのかと錯覚したらしい。しかし、実際は、店主さんが他の方と間違えたらしい。聞いてみると、息子だったというわけだ。祖父はその話をすると、店主さんはあの時は申し訳ございませんでした、と無表情で言っていた。

考えてみたら当たり前だ。30年も経って、変わらないなんてありえない話だ。時が流れてないわけがない。

「……詩織さん」

下の名前で店主は少女を呼ぶ。とてもいい香りがする紅茶を淹れて少女に出しながら、彼は時計を指差す。そろそろそれぞれの針が6と12を指そうとしている。

「それを飲み終わったら家にお帰りになさった方がいいですよ。日がのびたとはいえ、もうすぐ暗くなります」

はあい、と少女は元気よく返事をする。店主のこういう風に言ってくれるところが少女は好きだった。

 

少女がいなくなった店の中、店主の男は掃除を終え、道具をしまっている。閉店看板を出し、淡々と店じまいを進めている。手際はよく、とても慣れている。

狐目の男はそんな男に向かってくくっと笑う。

「お前さー、よくいつかばれる嘘平然とつくよなー」

「……仕方がない。あそこの祖父には確かに店の雰囲気等で世話になった。オレもここが好きだし、父息子っていうのが一番だ」

「書類関係誤魔化しているんのオレなんだけどなー」

そう苦笑いする狐目の男の言葉を彼は無視する。だからどうした、と言いたげな態度に、狐目の男はさらに笑う。この店主はいつも自分にはこの調子なのだ。

店主はエプロンを外し、上の服を脱ぐと灰色の目立たないパーカーを上に着る。深く帽子をかぶり、そこらへんで売っていそうな安いデニムを穿きかえる。そして、狐目の男はにっと笑い、彼に手を振る。

「いってらっしゃい」

「……」

やっぱり答えない彼の顔は、いつものあの綺麗な顔ではなく、何の特徴もない素朴な男性の顔に変わっていて、あの綺麗な店主に似ても似つかない。

満月の光が、彼の姿を照らしていた。

 

安藤星華

Lua Novaの店主である男の名前である。彼は決して父息子であったわけではない。

あの少女の祖父が会ったと言う店主も、少女が今会っている店主も、同一人物だ。

30年以上も時が流れない人間はいない。

それはそうである。彼も時が流れなかったわけではない。キチンと彼にもその時が流れている。

全く姿が変わらないでいるのは、顔が変わったのは、彼が人間ではないからだ。

 

彼は、記憶を食べて生きる妖怪だった。