Lua Nova 1章 2
―どうしてこんなことをするの?
―ねえ
―許して!!
―お願いだから……
―それを返して…
* * * * * * * *
生きている人間の声は、非常に頭の中に響いてくる。頭が痛くなるぐらい。相方である店の端っこのテーブルに座ってカメラをいじっている男を見て、ため息をつく。
今日は鬱陶しいほど晴れている。こういう日は個人的に好きじゃない。人間はこういう日は外に出たがるし、妙に声が多い。静かな空間を好む自分にとって、晴れ程嫌いな天気はない。
雨のようなしとしとという小さくて綺麗な音、湿っぽくて何か懐かしさを覚える匂い、閉ざされた静かで、穏やかな空間。
私は、雨が好きだ。くもりより、晴れより、穏やかに降り続ける雨が……。
個人的にそういうのが好き以外に、もう一つ理由はある。
カランカランという軽い音。お客が店に入ってきたようだ。視線をそちらに向け、いらっしゃいませ、といつもの言葉を口にする。瞬時に姿恰好、ふるまいを見て、どういう人間か見定める。女子高生3人、うるさそうだが、まあ、まだ客はこの人ら以外に見えないし、まあ、いいか、と心の中で呟いた。
自分でもよくないとは思ってはいるが、うまく笑えない。笑ってみても、作り物にしか見えない笑みしか浮かべられなくて、不気味さを増す。まだ無表情の方がマシなので、私はいつものように「にこりともしない」顔で席に案内する。
愛想悪いね
そんな言葉が耳に入って来るが、聞きなれたもんだ。私は愛想よくできるほど器用じゃない。愛想に関しては相方専門だ。私ではない。
私は中断していた作業を続け、注文を待つ。そんなことの繰り返しで、私の毎日は過ぎていくのだ。
私の名前は、安藤星華。星の華と書いて、せいか。
Lua Novaというカフェを営んでいる。
ハッキリ言おう。私は記憶を食べて生き延びる、実体を持たない、いわば闇そのもの、記憶の塊と言っても過言ではない妖怪だ。
人の記憶を覗いて見て、そして食べる。契約によって記憶をもらうのが大概だが、私と同類の妖怪の中には契約など関係なく、無差別に食い散らかす者もいる。だから、少し危ないと言われているのだが……正直自分ではそこまで危ない妖怪なのか実感がわかない。
そして、その力を使って、記憶の持ち主に化けたり、高い治癒能力を得たり、高い運動能力を得たり……。記憶さえあれば、基本的に様々な身体的能力をあげることができる。死んだら実体を持たないから、闇に還ってしまうが。
なんでここにいるのかは話すほど大したことじゃない。私が無知だった。それ以上でも、それ以下でもない。
さっきまでいた高校生たちは帰り、私は掃除にとりかかる。私は睡眠を欲しない妖怪だから別にこれで1日が終わったなどと思えないのだが、それでも、こうして掃除をしていると、どこかほっとする。たくさんの記憶を食べてきたせいだろうか。わけもわかない感情がふっと出てくることが私には多々ある。些細なことで、平和な時ほど多いのだが。
掃除機を持ってきて、最後の仕上げをしようとしていた時だった。
「Lua Cheia」
幼い女の子の声が、店に響き渡る。
私は、掃除をする手を止めた。
そして、口を開く。
「いらっしゃいませ。
どのような仕返しをご所望しますか?」
To Be Continued…