WATCHMAN GAME 2
蛇口を捻り、水道の口を上に向ける。最初は若干生ぬるかった水も、しばらく放置するとやがて冷たい水に変化した。彗はそこに自分の口を近づけ、水を貪るように飲んだ。冷たい水は喉を通り、暑さでやられた渇きを潤していく。
きゅっと蛇口を締め、ぐいっと口を服の袖で拭いた。自分の格好を見る限り、どうやら学校へ行っていたのではあるのだろう、制服のままだ。
彗は暑いと呟いて、ブレザーを脱ぐ。そして、ワイシャツのボタンをいくつか外した。空を仰ぎ見て、もう一度晴天であることを確認する。
ここどこなんだろう。
彗は呟く。
厳密に言えば、彗はここの場所には見覚えはあるどころか、住んでいた場所で、よく遊びもしたし、遊んでいる子供を見かけもした。知らないわけではないのだ。だが、彗が知っているその場所には、少なくとも人はいて、生きている何かが存在してはいた。今は植物以外、生きているものが何も見当たらない。少なくとも彗はそんな場所は知らない。彗は再びため息をついた。
公園の時計を見上げると、短針は1を、長針は4と5の真ん中あたりを指していた。まあ、大体そんな時間だろうとは思った。
「……本当に……誰もいないのかな?」
彗は不安に思いながらつぶやく。言い知れぬ不安はさっきからずっとしている。
何で? どうして? 考えてもわからなかった。
彗はもう一度ため息を一つつき、ぐるっと辺りを見回した。とりあえず、誰かいないか探そう。彗はそうやって再び歩きはじめた。
誰もいない駅の構内。
いつも人で溢れ、忙しそうに動き回る人でいっぱいのはずなのだが、やはり人ひとりいない。いつもはざわざわして耳に響く音でいっぱいだったそこに、ただ彗の靴音だけが響いた。やっぱりいないのか。彗はまたひとつ、ため息をついた。
彗の住む県は決して都会ではない。田舎というイメージが強いのか、小説とかでもよく田舎扱いされる。そこまで田舎ではないんじゃないかと彗は思うのだが。
誰もいないな、と彗は呟き、諦めたように元来た道を引き返そうとする。
そんな彗の耳に、微かに、無機質な音が届く。彗は音の方向に顔を向ける。遠くだが、だんだんこちらに近づいてくる。そんな感じがした。彗はこの音が聴いたことがあり、記憶を探る。
「……電車?」
彗は、改札口を抜け、駅のホームへと向かった。電車が動いているのなら、誰かいるかもしれない。そんな淡い期待を抱いた。
彗は息を切らし、ホームに降りた。
ちょうど電車はやってきたところで、風で髪がぶわっと舞い上がる。耳に響くブレーキの音と、無機質なアナウンスが彗に淡い期待を抱かせる。彗は電車の先頭の方へと走った。運転手でもいい。乗客でもいい。とにかく誰かいてほしかった。誰かに会いたかった。
そんな彗の期待は、運転席を見て砕かれる。誰かがいた形跡すらない。ついさっき止まり、さっき電車のドアは開いたばかりだ。彗はずっと運転席の方を見ていたが、誰かが降りた気配もなかった
誰もいないのに電車が動いてる? 何で? どうやって? そんなことが出てくる前に彗は脱力する。誰かに会えると思った期待だけ、心が折れそうになる。ダメか、と彗はまたため息をつく。他を探そう。
人だ。彗の目に、それが映る。
深く帽子をかぶった大きな影が最後の車両の前に一つ。筋肉質な体つきがよくわかるぴったりした黒シャツと青い上着。180cmは優にあるその男性は、デニムと白いスニーカーを身に着けていた。客席に人がいる気がしなくて彗は見ていなかったのだが、きっと降りてきた客なのだろう。
彗はさっきまでの落胆を忘れ、嬉しさを押さえながらあの、と声をかける。その言葉を無視し、男は言葉を発する。
「生きたいか?」
「……え?」
「生きたきゃ一人で頑張ることはやめろ」
だがここには誰もいない。
ハスキーで、低くて、とても耳に残りやすい声。男の言っている意味がわからず、彗ははい? と聞き返した。よくわからなかった。何を言っているのか。
そんな彗を無視し、男は彗に背を向ける。彗は慌てて男に待ってください、と声をかけるが、男は彗に目をくれることすらしない。そのまま彗の視界の外へと歩き出した。あわてて男の行った先へと走り出す。そして、男が上がっていったであろう階段を見上げた。
男の姿はおろか、足音の一つすらしない。最初から、誰もいなかったかのようだ。彗は息をのんだ。
彗の耳に、また、無機質なアナウンスが届く。そして、誰もいない電車は再び走り出した。
誰もいない、生きている心地もしない、そんな場所で、彗はただただ立ち尽くした。
「生きたきゃ
一人で頑張ることはやめろ
だがここには誰もいない」
To Be Continued……