憩 3 ~ラグ~
お母さんが誰かと付き合います。
……冗談です、お母さんではなく、お父さんです。
これだけを聞いてしまえば、お父さんがひどい人のように思うかもしれません。でも聞いてください。
お父さんことリクさんは、6歳より前の記憶がない私を拾って育ててくれたんです。既に拾って五年以上経っていたヒカリさんと一緒に、リクさん20代後半の時から。それからずっと私たちの為にお金も稼いでくれましたし、料理もしてくれましたし、勉強も教えてくれました。全くの他人だった私達を、ずっと育ててくれました。
そんなリクさんなのですが、最近、彼女さんができたのです。正直驚きました。だってリクさん、優しくて面倒見がいいのですが、基本的に愛想はないですし、見た目はイケメンですが怖いですし、そもそも恋愛なんてしなさそうな方ですから。
ああ、ちょっと複雑ですけど、嬉しいのが本音です。くすぐったいようなそんな感覚はしますけど、でも、リクさんが幸せそうなので、私はとても嬉しいです。……少し寂しくも思いますが。
数日前、今更おしゃれなんて、と言っていたリクさん。ヒカリさんと一緒になって説得しました。だって、おじさんの域に入った人でも、それなりにおしゃれできるのです。むしろ、おしゃれに年齢制限はありません。彼女さんにだけおしゃれ頑張らせる気ですか。
ヒカリさんの2時間に渡る説得の末に、リクさんとうとう根負けしました。おしゃれに関しては私たちに任せるそうです。ヒカリさんと一緒にハイタッチ。リクさん、苦笑い。リクさんが幸せになりそうなら、一生懸命頑張ります!
とりあえず、お店行きましょう、と言うと、リクさんは渋い顔しました。服に時間かけるの面倒くさがる人なんですよね。ちょっとそこは残念です。まあ、センスは確かに少々疑ってしまう出来事も少なくはなかったです。いくら私が動物好きでも、架空動物の不細工なぬいぐるみ貰っても嬉しくなかったですよ、リクさん……。
そして、今、私とヒカリさんはリクさんの初デート帰り待ちです。
ドキドキして、わくわくでもあります。そわそわしちゃって、ヒカリさんに苦笑いされてしまいました。だって、あのリクさんに彼女さんができて、しかも、デートに行ったんですよ? 色々思ったらそわそわしちゃうんです。
リクさんとの付き合いは長いヒカリさん。リクさんに毒吐いたりしますが、育て親のリクさん大好きですし、リクさんのことよくわかっています。私よりもわかっているせいでしょうか。すごく落ち着いていて、いつもとさほど変わりません。
ああ、もう、早くリクさんに会いたいです。どうだったかリクさんに聞きたいです。楽しみなのです。あと、久しぶりに作ったリクさん直伝のお菓子、試食してほしいのです。やることなくて作ってしまいました。
「……ラグちゃん」
「はい?」
「一回深呼吸して、落ち着こう、ね?」
ヒカリさんの言葉の意味がわからず、首かしげてしまいました。ヒカリさんが指をさす方向を見てみました。お菓子の山です。そして、私の手にはお菓子の生地です。多分、リクさんがいつも作る量の倍くらいを今作っています。
「……作りすぎだよ」
「……はい……」
ヒカリさん、すみません。一回落ち着いてきます。
夜になって、9時くらいにリクさん帰宅です。ちょっと疲れたような様子のリクさん。大丈夫だったのでしょうか?
「あの、リクさ……」
「どうだったリクー? リクの人の見る目節穴になってなかったー?」
あの、ヒカリさん、その聞き方物凄く失礼です……ヒカリさんらしいですけど。私が聞くタイミングを逃してしまい、ちょっとオロオロしちゃいました。
リクさん、サングラスを外して、テーブルに置きました。どうでもいいことですが、夜にサングラスする人なんてめったにいませんよ、リクさん。リクさんじゃなければ夜見えてませんよ。
リクさんは深く息をつき、ネクタイを緩め、ボタンを開けました。真冬でもノースリーブで平気なリクさんには、少しきつかったようです。今度はもう少し風通しのいい服を選ぼうと思いました。ああ、こんな説明していたら話が進みませんね。
「……まだよくわかんないな」
「まだあ? 初めてとは言っても、その前の付き合いがあるでしょうが」
「その前は、あれだ、その……知り合いっていう程度だったもんで。彼氏彼女の関係になると、その、な……」
「あー、うっぜ、うだうだしてるリクうっぜ。奥歯に石でも挟まった言い方してないでさっさと報告しろよ」
奥歯に石挟まったら、手術するしかないですね。自力で取るの難しそうです。
私も席に着き、お菓子を差し出しました。もちろん、お茶も出しました。甘党ではないリクさんですが、すんなりお菓子食べてくれました。美味しいそうです。そして、やっぱり作りすぎと怒られてしまいました。
リクさんはお菓子口にしつつもぽつぽつと語り始めてくれました。
リクさんの彼女さんは、私より大きいそうです。それはそうです。私並の身長でしたらリクさんには小さすぎます。小柄な方ではあるそうです。
黒い髪がすごい綺麗だそうです。
良く笑いますし、誰にでも人当たりがいいそうです。してもらったことなら、例え仕事でしてもらったことも笑顔でお礼を言うそうなんです。私にはいい人に思えました。お礼すら言えない人がいると言うのに、言えると言うのは好印象です。
リクさんの口からは悪いところのひとつも出て来ません。彼女さんをとても褒め、むしろ褒め倒しすぎています。
いい人じゃないですか。そういうと、リクさん言うんです。
怖いんだ、って