3月12日ルフトsHPBリクエスト リーベとクルエルさんの話
ああ、鬱陶しいの。
ドシャっという音と共に落ちる体。腐ってもう生きてないゾンビの体を蹴りあげ、そのまま手に持っていた鉈で肩から腕を叩き斬る。
ああ、うざいよ。
何も抵抗しないゾンビ。自分は笑っていながらもその態度が気に入らなくてイラついた。
もうほっといて。
ゾンビの体を何度も何度も何度も斬りつける。何か声が聞こえるのが心地いい。痛いんだろうな。苦しんだろうな。そう思うと口元が緩んでくる。
「死んでくださいよ」
そんな言葉は何の抵抗もなく言葉として出てきた。
そんな時でもそいつは何も言わなかった。憎むような目も嫌悪する目も、ましてや恐れるような目もしなかった。ただあったのは、自分を憐れんでいる目だった。
「……」
死ねばいいのに。
本当にぽろっと言葉になった。
エルク父様はいつもと変わらず過ごしている。朝一番の攻撃もあっさりメスを調理中の包丁で守っちゃうし。ちょっと待ってくださいよ、その無駄な戦闘能力を何故いざとなった時に発揮しないんでしょうか?バカなんですか、死ねばいいのに。
あー、今日も朝からイライラする。ニコニコ笑顔を貼りつけているのは別に特に意味なんか無い。ニコニコヘラヘラ笑うのは癖みたいなもの。やけに伸ばした言い方も、嫌味っぽい丁寧語も癖だ。なかなか治せるもんじゃないし、治したところで特にいいこともない。ぶっちゃけフェリスさんとか気持ち悪がってくれるし。
今日は何をしようかなー?そう思ってここの部屋に入る。
一つの本を選び、その場に座り込んで読み始める。今日はいい天気のせいか窓から日差しがたくさん入ってくる。自分はただ無表情になって読み進めた。いつもいつも変なことばかりしているように父様やフェリスさんに思われているかもしれないけれど、実際はそこまで変なことはしていないと思う。精々嫌がらせの罠考えたりしているくらいだ。引っかかるの全部クルエルだけど。
ひどく穏やかな日だ。隣で修羅場があってもここ、防音だし、外の音は聞こえてこない。紙をめくる音だけが耳に入ってくる。自分はただただ目の前の本に集中した。
「アアア?」
ふいに聞こえた声。本が読みづらくなってきたな、と思い始め、外を見た時だった。もう夕暮れで日が傾きかけている部屋は既に薄暗くなっていて、そいつの方を見た時は影の中から現れたように見えた。
自分は小さく舌打ちをしてできるだけ無邪気に笑う。というか腹立たしい。親子であることさえ嫌悪したくなる男と間違えるな。あの男が女々しいだけだ。
「なんですか、クルエルー?」
「……アアア?」
「そんなの余計なお世話ですねー、別にクルエルにそんなどっかの子供産んだオバサンみたいなこと、言われる筋合いはないですしー」
ああ、むかつく。コイツ、嫌いなんだよね。
本を手にし、そいつの隣を通り過ぎる。コイツに関わると色々面倒なんだ。
「アアア」
ふいに手を掴まれる。髪の毛であんまり見えない猫のような目がこちらを見ている。夕陽を背にしているせいかぼんやりとした影の塊のよう。自分はその影の塊の手を振り払う。
気持ち悪いから触るな。
いつの間にか無表情になった顔で、そう言い捨てる。そして、そいつの顔をそれ以上見ないまま隣の部屋への扉を開けた。
あー、むかつく。ストレス発散のはけ口になるかもしれないけれど、お説教も同情も欲しくはないんだ、って何度言えばわかるんだろう。
死ねばいいのに。
父様とフェリスさんが話し込んでいる。いつもの研究所。本当にあのもやしたちには呆れる。一人なんか、外でたらほとんど死にそうな顔するし。そのまま逝ってほしいのが本音だけれど、周りにいるみんなが治しにかかるしなかなか逝ってくれない。本当に舌打ちものだ。いっそのこと、無味無臭の毒でもしかけてやろうか?
できるだけ確実に逝く物にしたいなー、でも父様すぐわかるからなー、めんどくさいなー、などと思う。口にはしないけれど、今すぐにでも死んでほしい存在だ。もう何千回殺す妄想をしただろう?数え切れないや。
フェリスさんが自分に気付く。チッ、鉈に手をかけていたのバレたか。自分は鉈から手を離した。
「……今何をしようとしましたか?」
「べっつにー? いつも通りぶち殺そうと考えただけですから気にせずー」
「気にしないわけないでしょ、いい加減にしなさい」
すごくいい笑顔で舌打ちしてみせると、フェリスさんは眉をひそめた。父様がチラッとこちらを見て、フェリスさんに話しかける。フェリスさんは一度軽蔑の眼差しでこちらを見る。このフェリスさんは知らないだろうけれど、自分の記憶の中にはこの眼差しがいくつも存在する。慣れっこだ。
自分にそれ以上の興味を抱かない父様。ただただ父様自身が聞きたいこと聞いて、フェリスさんの頼みを聞く。必要以上にフェリスさんのことを気遣い、フェリスさんに何かあれば慌ててどうにかしようとする。その仕草がもう嫌で嫌でたまらない。鬱陶しい。なんて鬱陶しいんだ。
自分は少しだけ爪を噛む。あー、イライラする。イライラするなあ。ぶっ壊したいなあ……死ねばいいのに。
ぶち壊せばいいんだ、こんな物。
イラつく原因全部排除すればいいんだ。
イラつくんだ。嫌なんだ。消えてほしい。
死ねばいいんだ。
死ねばいいんだ。
死ねよ。
ゾンビの剣が、自分の鉈を止めている。一瞬何が起きたか自分でもわからなかった。アイツの猫のような目が、こっちをじっと見つめている。鉈を受け、未だに力を加え続けているにも関わらず、微動だにしない。
ああ、自分、この二人を殺そうとしたのか。やっと理解する。
二人の目が、こっちを見ている。冷めている目と、驚いている目。さっさと立ち去りなさい、と言われる。盛大に舌打ちして、鉈をしまう。そいつはまだ双剣を構えたままだった。
何とか崩れなかった笑顔で何か捨て台詞みたいなのを吐いた気がする。でも、何を言ったか全然覚えていない。むかついて、むかついてたまらないだけだった。
後でアイツの腕切り落としてやる。そうやって爪をまた噛んだ。
「アアアア、アアアアアアア」
一人でそこらへんにいた兎を掻っ捌いていた。後で食べるにしても美味しいし、とにかく何かを壊して、掻きだして、ぐちゃぐちゃにしてしまいたくて。ただただイライラしていた。もう嫌になるくらいイライラしていた。
そんな時にアイツが来た。何のつもりか知らないけれど、ジュースまで持ってきている。自分が好きなジュースだ。笑顔でありがとうございます、気持ち悪いですね、と言っておいた。だって本当のことだもの。
アイツはもうちょっと困ったような顔をしたものの自分にそのジュースをよこす。血に濡れた手を、そいつの服で拭くと、そいつはまた、困ったような顔をした。だからとりあえず悪意満点の笑顔でジュースを受け取る。
中身を出され、目を抉られ、肉塊と化した兎。それと椅子に座ってジュースを飲む自分をそいつはゆっくり交互に見た。
「一体何の用ですかー?」
「……」
「なんですか、何か文句でもあるんですか?」
「……」
「何か言ったらどうですかー?無言とか気持ち悪いですー」
ただそこにいるだけ。煽っても全然微動だにしない。その顔に、その態度に、またイラッとした。
ふいに頭に何かの感触がする。何か、顔くらいの大きさの何かで、いくつか細い何かもついている。それがそいつの手だと理解するのに、ほんの少しだけかかった。自分の頭をそっと撫でている。小さい子供をあやすような、そんな手つきだった。
自分は未だに状況が理解できず、クルエルを見る。いつもの顔があった。ただただ穏やかで……ただただ自分を憐れんでいる目だった。
「アアア……アアアア」
「……なんですか、同情でもしているのですか?むかつきますね」
「アア……アアアア……アアアアアアア」
「……何なんですか、手をどかしてください」
「アア」
「汚い手で触るな」
「……アアア」
「触るな」
「アアア」
鉈を振り下ろした。
ポタポタ流れるクルエルの血。死にはしないとはいえ、随分と流れ出るものだ。物凄くゾクゾクする。昔から好きだったあの感覚とは全然違う何かが、あった。
床に血だらけで倒れ伏すクルエルを踏みつける。あの時は一瞬で自分の攻撃を受けたくせに、今、何でか抵抗も何もしない。それが神経を逆なでる。
死ねばいいのに、死ねばいいのに、死ねばいいのに。
「同情しないでくださいよ」
「……」
「余計なお世話なんですよ」
「……」
「なんなんですか? 何がしたいんですか?」
「……」
「答えてくださいよ!!」
片手でクルエルの服の襟をつかむ。血だらけの顔が腹が立つ。もうなんなの。もうなんなの?
「自分は!!同情されなくたって全然平気なんです!同情するならリーに協力して、フェリスさん達ぶち殺してくださいよ、それくらいいらないものをリーに寄越すな!!」
わけがわからない。
「死ねばいいのに!」
本当に何でこんなにキレているんだろう?
「死ねばいいのに!」
もう頭がいっぱいいっぱいになっているのはなんで?
「死ねばいいのに!!」
同情なんかされたくない。愛されたくもない。大嫌いだ。みんなみんな大嫌いだ。みんないなくなればいいんだ。自分だけが普通と全然違う環境だってもうずいぶん小さい頃から気づいていた。だからこそ嫌だったんだ、何もかも気に入らない。
だからケガしても黙っていた。ただただニコニコ笑っていた。そしたら誰もケガには気づかなかった。
具合悪くたって隠してた。誰も気づかなかった。
誰も自分を見ないんだ。
望まれて生まれてこなかった自分なんか、どうだってよかったんだ。気づくに値しない存在だっただけだ。
なのに、ずっと求めるんだ。大嫌いだ。大嫌いだ。大嫌いだ。だから嫌なんだ。
「大っ嫌い……!!」
クルエルの首を絞める。いつの間にかボロボロ泣いている。もう訳がわからない。何がしたいのかもわからない。大嫌いなんだ、大嫌いなんだってば。
クルエルの手が自分の頭を撫でる。また、子供をあやすようなそんな手つきで。目を細めてこちらをじっと見ている。
「……アアア……アアアアアア……。アアアアアアア……。アアア」
『君は』
『羨ましいんだね』
『誰かに心配され、愛されるのが』
『まだ幼い子供だ』
「フェリスさーん、クルエル貸してくださいよー、ぼこぼこにするからー」
「構いませんよ、さっさと連れて行ってください」
「本当にフェリスさん愛想なーい、死ねばいいのに」
「いつか殺してくださいね。殺せるものなら」
「言われなくても」
そう言ってクルエルの首根っこを掴む。ずるずる引き摺られていくクルエル。すごく迷惑そう。というかすごく嫌がっている。そら、痛覚すごく強いのに、鉈でボコボコニする気満々の自分に連れて行かれているんだから、嫌だろうね。
自分はにんまり笑って嘘を吐く。
「そんな程度で分かったふりしないでくださいよ。
そんな偽善、いらないんですから」
fin
間に合った!!