フリーホラゲーを呟く会

ホラーフリーゲームの感想を不定期に呟く。時々痛い小説があったり。

マリオネット 失意の果て

「君は苦しいより、辛いの方が耐えられないわけか。じゃあ、こうしようか」

そうやって”リーベの記憶”から手を放す。オレの苦しみの元を取り除こうか、と言って、その手をオレの中にめりこませたのだ。不思議と痛くはなく、でも、とても気味が悪い。
失う辛さはオレがよく知っている。記憶を失った時でもう十分なんだ。嫌というほどの喪失感、空虚感は耐えがたいものがある。
オモチャになる代わりに、リーベを返して。そう言って、オレは今、ここにいる。だから、今、コイツにいいようにされるんだろう。どっちを選ぼうが、オレにとっては地獄には変わりないけれど。
まだこっちは試してないよねー、とつぶやいて、アイツはオレの後ろに座り、オレの頭を抱える。次の瞬間、なんとも言えない感覚が、オレの全身を覆う。気持ちが悪いほど頭の中がかき回されていく。胸は締め付けられる。鼓動はまた速くなって、耳に響いていく。
この感覚の正体がわからない。これは一体なんなんだ? 何かわからないから……恐ろしく思う。この声は何? 何をオレに聞かせているんだ? ……聞きたくない。見たくない。これがなんなのか、わからない。なのに、頭はそれを否定したくて、何もなかったかのようにしたくて、自然と手は耳にのび、ふさぐ。それでも……聞こえる。それでも……目は見開かれたまま閉じてくれない。否定したいのに、否定したいのに。
急に腹が熱くなる次に痛みが襲ってくる。誰かの手がオレの腹にメスを突き立てている。ずぶずぶとメスは腹にめり込んでいく。その激痛に、顔が歪む。赤い液体がじわじわと服に染みだし、どす黒い色へと変わっていく。

「自分だけ生きて……マリオネットのくせに……ずるいと思いませんか?」
聞き覚えのある声はオレの全身から血の気が引くのには充分すぎる。
その子の顔を見る。その子は微笑んでいる。ヒカリの子供だから、その笑顔はとても……無邪気で……なのに、残酷さはその無邪気さと何の矛盾もなくそこにあったのだ。


これは幻覚だ。
とてもよくできた幻覚だ。
だってリーベはオレが殺した。オレが殺して、でも、奪われたくなくて、選択した結果、こうなっているんだから。だから、まだリーベは生き返っていない。ここにいるのはおかしいはず。
……それなのに……


こんな風に微笑む少女のことが、怖くて、怖くて、聞きたくなくて、耳をふさぐ力がさらに強くなる。幻覚なのに、これが、本物としか思えなかった。


「救われたいなんて、図々しい」


「お前なんて、生まれてこなければよかった」


耳元でささやくな。
知っているから、もう言われたくない。
自分がしたことは知っている。
オレが悪いんだ。
オレが悪いから、オレが悪いって知っているから……
ここにいることを否定されることが、救われることなどないことが、どれほど怖くて、どれほど辛くて、どれほど苦しいか、また知りたくないんだ。
やめてくれ。
胸が痛いよ。
胸が締めつけられて、痛くて、痛くて、たまらないんだよ。
自分でも情けなくなるくらい声が震え、泣きそうになって、やめてと言うくらいに。
お腹よりも、ずっとずっと、胸の方が痛い。
耳を押さえていた手をぐいっと引きはがされる。さっきまで遠くからでしか聞こえなかった声が、すぐそこに聞こえる。誰かがにんまりと笑いながら、オレに言葉を放つ。
「『お前なんて、生きる価値も、今ここで息をしている価値もない』」


なんでオレはあんなことしたのだろうか?
ねえ、なんでオレは、コイツのこと、認めたんだろうか。
こんなにもつらいのに、こんなにも苦しいのに。
誰も救ってくれるわけないじゃんか。
バカだな、オレ。
娘にもハッキリ言われたのに。
誰に愛されるわけでもない、なのに、誰かに愛されたいと願い、誰かに愛されたくないと拒絶する。
矛盾している。
矛盾しすぎている。
救われたいのは本当で、でも、愛されたくないと。
救われたい望みすら、オレは抱き、生きちゃいけないんだ。
そもそもここにいることも、ここに存在することも、誰にとっても迷惑で、いなくなってほしい存在なんだ。
オレって、そもそも生まれてよかったのか?
オレって、ここにいてよかったのか?


黙ってないで教えてよ。
そうやってオレの腹を踏みつける。激痛が走る。その激痛に一瞬息ができず、それでも、黙ってそいつを見ているしかなかった。
後悔しているさ。
リーベを返してもらうことに対してじゃない。ここにいることに後悔しているさ。
後悔しかしてねえよ。それでも生きてきたんだ。後悔しかしてなくても、それでも。
それをなぜ今更コイツに伝えなくてはいけない?
知ってもしょうもないことなのにな。
答えたくない、か、とつぶやき、顔をそらすオレの顔をすっとそいつはなぞる。
何ともいえない嫌悪感。こいつがオレに触れるのが、嫌でたまらない。この企んだ顔が、残酷さを秘めた笑みが、嫌で、嫌で、嫌で、たまらない。
ねえ、と耳元でささやかれる。その吐息は生温かく、気持ちが悪い。くすくすと笑う耳障りな音も。
「君が救われようともがくたび、何かを失い壊れていくって……」
とっても面白くない?


それを、人は滑稽というんだ。


言われても、自分で思うことにも、充分慣れていた。だって滑稽なのは本当だ。本当、救われないんだから。
救われないとわかっているのに、救われたいともがいるなんてさ。
手が届かないとわかっているのに、月を追いかけていく子供より滑稽だよ。
それをオレに対して、同意を求めているんだ。お前は滑稽だな、そうだな、と。
お前はどこまでオレをバカにすれば、オレを傷つければ、気が済むんだ。
一体お前がこんなことする意味って?
きっとこう答えるだろうな。「暇つぶし」と。
暇つぶされる方は、こんなにも苦しいのにな。
あいつはニコニコしたままつつっとオレの顔をなぞる
「リーベ君が君の所に戻ってきたとして、君はどうするつもりなの?」
「……どうもしない……オレは……ただ……」
ただ……何?
そう聞き返される。押し倒された時の勢いで頭を打つ。そんなこときにせず、アイツはオレの上に乗って、顔をまたわしづかみにした。
「自分で殺したくせに、今更父親ぶる気?」
くだらない。そう言い捨てられる。
「父親ぶってるつもりはない……オレは……ただ……」
「何? 言ってごらんよ」
ニコニコした顔をオレは見つめる。
その先の言葉が出てこない。
頭で理解しているのに、それが言葉になかなかならない。
違う、言いたくないんだ。
コイツに笑われることが、嫌でたまらないんだ。
だって、自分でもわかるぐらいわかりやすい答えなんだから。
ねえ、あの人に会わせてよ。
あの人もオレを救っちゃくれないけど、少なくともオレを必要としてくれた。
少なくともオレを認めてくれた。
だからオレはあの人の方についていたんだ。
あの人に会いたいよ。
道具としてしか見てないかもしれないけど、道具としての価値だけでも認めてくれたんだから。
フェリスに会いたい。
リーベに会いたい。
ミナトに会いたい。
ヒカリに会いたい。
リナに会いたい。
イクに会いたい。
ハクに会いたい。
ラグに会いたい。
リクに会いたい。
やよいに会いたい。
なあ、会わせてくれ。元に戻れないくらい壊される前に、会いたいよ。
オレの存在を認めてくれた全員に会わせてくれよ。
またそいつらと過ごしたいんだ。
元に戻せないとわかっているけど、似た環境に戻したいと願っているんだ。
だから、リーベを返してほしかった。
だから、後悔してでもこんな答えを出した。
戻りたいよ。
戻りたいよ。
戻りたいよ。
嫌われていたけど、バカにされていたけど、利用されていたけど、それでも、まだ救われていたんだから。
まだ認められていたんだから。
もっと嫌われてても、もっとバカにされても、もっと利用されてもいいから、戻りたいんだ。
それをお前は嘲笑うだろう?
それはお前はおもしろがるだろう?
感情を失ったはずのオレが、こんなことを願っているなんてさ。
滑稽で極まりないだろ?
でも
思う方は真剣なんだ。
笑われるのが、嫌なんだ。


「お前にだけは……言いたくない」


そう言い切った瞬間、手の甲に何かが刺さる感覚がした。


「何それ? 君、自分の立場わかっているの?」
にっこりと笑いながら、アイツはそうオレの上で言う。そして、オレの腹めがけて、手をつっこんだ。痛くはないけど、変な感じがし、それがまた怖い。嫌でも言いたくなるようにしてあげる、と言い、かき回す。
肉体は痛くない。
でも、肉体のどこでもないどこかに激痛がする。
魂だと気付く時には、既に遅く、オレの中の何かを掴まれる。
「記憶」
じわじわと、一つずつ取るつもりだ。オレの生きていたという証を、つじつまを、少しずつオレの中から消していこうとする。その辛さがどれほどのものか、オレは知っている。そいつの腕を掴むが、そいつはものともしない。小さな鉱石を一つ、オレの中から取り出す。
激痛が走る。そのあまりの痛みと、突如襲う、訳の分からない空虚感。
どこかの痛みの記憶が消えている。その空虚感だけでもかなりの辛い。
痛い。
「ふたーつ、みっつ♪」
痛い。
「よっつ、いつーつ♪」
痛い。
どんどんオレの中から何かが消えてく。それに反比例するかのように、鉱石の数が増えていく。
この鉱石が、オレの記憶なのか。それを平然と奪っていくこいつに、恐怖を覚える。
体は何も問題がないのに、魂は叫び声をあげている。
失いたくないと、失った分を戻してと。
オレの記憶を返して、と。
「さてと、言う気にはなったかなあ?」
痛みで苦しくて、たまらなくて、でも、意識も落とせないで、オレは荒々しく息をしていた。首を横に振る。言ってもくだらないと、本当のことを口にする。その価値を知っているのは、オレしかいないんだから。
ふうーん、と興味なさげにつぶやき、そいつは目を細める。そして、ずずっとさっきより大きめの鉱石をオレの中から取り出す。
これなーんだ、と言われても、それがどういう記憶なのか、オレにはわからない。今、確実にオレの中の大切な記憶の一つが壊されようとしていること以外。
「リーベとの記憶」
完全には切り離してないから、リーベが誰かはわかる。これを壊したらどうなるんだろうね、と笑い、そいつは鉱石に力をいれる。ぴきぴきと嫌な音が響いている。
やめてくれ。
オレはこの時、本当に懇願したかった。相手を楽しませるだけだとわかっているのに、涙が止まらない。
涙で歪むこの顔を見せろと、ぴきぴき音をさせて、その記憶を壊そうとしている。
やめて。
本当にやめて。
忘れたくないよ。
娘だからとか、そういうのじゃない。
リーベのこと忘れたら、確かに色々楽になるだろう。
でも、もう忘れたくないよ、自分のものを。
リーベがいた自分が消えるのが、怖いよ。
忘れたくない。失いたくない。
やめてよ。
お願いだから、お願いだから、これ以上オレから奪わないで。
救われたいともう願わないから、だから……なんでオレがこんなことになっているのか証明するものを、オレが作った命のことを、オレが持っているものを、壊さないで。
忘れたくないよお……
殺した少女としてでしか覚えてないなんて、嫌だよお……


バリンッ


その音とともに訪れる激痛に叫び声を上げる。
その隣で、誰かが高笑いをしたんだ。



返せ。
返せ。
返せ。
オレの記憶を返してくれ。
生きていた証を、オレが殺した少女との記憶を、返せ。
青い髪をした誰かとの記憶も、幼いオレの記憶も、迷惑な銀髪の記憶も、目の見えない子供との記憶を、獣の耳を持ったあの二人の記憶を、あの三人との記憶を、痛みを、苦しみを、全部返せ。
返せったら。
返せよ。
オレの全部返せよ。
壊れる前に、まだ会いたかった奴らの記憶、全部返せ。
誰だかもうわからなくなってしまったけど、会いたくてたまらねえよ。戻りたくてたまらねえよ。
儚い夢かもしれないけど、そう望んでいるんだ。
ここまで来て、救われたくて、救われたくて、たまらない自分が嫌だ。
それでもそう望んでしまうんだ。
やめてくれ。
失いたくない。
返せ。
戻せ。


「やめでぐだざい」
自分でも情けないくらいすごい泣き声で、言葉になっていない。
泣いているのが痛みのせいなのか、それとも、なかったはずの心が痛いからなのか。


パリンッ

誰かが楽しそうに笑うと同時に、「オレ」がいなくなった。






知らない少女の隣に寝かされる。少女は死んでいるのか、ぴくりとも動かない。
もったいないなあ、美人に育つだろうに。赤い髪と茶色の髪が混ざっているとか珍しいけど。
三つ編みにした奴は何か言って刃物をオレに向けている。ああ、そうか、オレ、なんかわからないけど、コイツに殺されるんだ。
ねえ、そこに魂だけでオレを見ているのは誰なの?
二つ縛りかわいいね。
紫の瞳とかきれいだね。
……え? 
エルクって誰のこと?
……オレの名前なの?
へえ、変わった名前しているんだ、オレ。
なんで泣くの? 君は誰?
……ラグ?
オレのこと知っているの?
ごめんね、オレ、あんまり覚えてないんだ。
君に何かした?
……ねえ、なんでそんなに泣くの?
君が泣く必要なんてどこにもないのにさ。
……死にたくないよ。本当は、死にたくない。でも、殺されるだけのこと、したんだろう?
……ねえ、もしさ、オレのこと知っている人がいたら、伝えておいて。
少ししか記憶ないからこれしか言えないけれど、

いっぱい迷惑かけて、
いっぱい傷つけて、
バカにして、
怒って、
困って、
泣いて、
文句言って、
変なことばかり言って、
感情をなくしてる人形なのに生きて、
一緒に過ごしたいと願って、
救われたいともがいて、
この世の食べ物を食べて、
この世の飲み物を飲んで、
ここにあるもの使って、
ここで呼吸をして、
ここで鼓動を打って、
ここで生まれて、
そもそも存在して、




「【ごめんなさい】」